実業家で投資家のゲイリー・ヴェイナチャックが、ピックルボールを疑う声に対して「人々はこの競技をひどく過小評価している」と発言した。2026年9月8日にX(旧Twitter)へ投稿したもので、50歳の本人は複数のスポーツがニッチから主流へ変わる過程を見てきた立場から反論している。彼はプロリーグMLPで2026年に初優勝したニュージャージー・ファイブスの共同オーナーであり、単なる評論ではなく身銭を切った側の言葉だ。競技人口が拡大期に入った日本にとって、この強気論は「今の熱狂をピークと見るか、序章と見るか」という判断を突きつける。
懐疑派に投資家が突きつけた一言
ヴェイナチャックの主張は単純だ。もっと多くのスポーツが伸びる余地を、世間は大幅に見くびっている——ピックルボールもその一つだという。彼は続けて、今や巨大な競技も、どれもかつては小さく、簡単に切り捨てられる存在だったと指摘する。ブームは一過性だと見る懐疑派に対し、規模の小ささを理由に将来性を否定するのは歴史的に何度も外れてきた、という反論の立て方だ。
この視点が重いのは、彼が投資家として実際にピックルボールへ資金を投じているからだ。評論家の楽観とは違い、チーム経営とトップ選手のマネジメントという当事者の位置から語っている点が、単なる持ち上げと一線を画す。
もちろん懐疑派の言い分にも根拠はある。急拡大した施設が供給過剰に転じ、米国では売却も出始めている。ブームの初速がそのまま定着を約束するわけではない、という慎重論だ。ヴェイナチャックの反論は、その慎重論を全否定するのではなく、規模がまだ小さいという事実だけを根拠に将来性を切り捨てるのは早計だ、という一点に絞られている。過熱と定着は別物であり、今どちらの局面にいるかを冷静に見極める必要がある。
スーパーボウルもNBAも最初は誰も見なかった
ヴェイナチャックは自説の裏付けに、今では巨大な競技が初期に軽んじられた前例を並べる。いずれも「小さかった時期」を通過して主流になったという共通点を持つ。
| スポーツ・大会 | 初期に見くびられた出来事 |
|---|---|
| スーパーボウル | 第1回は会場が満員にならなかった |
| NBAファイナル | 放送局がゴルフを優先し、バスケがテープ遅延で流された時期があった |
| UFC | 初期は多くの州で禁止されていた |
今の視点で見れば信じがたい過去だが、当時は「これが主流になる」と言えば笑われた。ピックルボールを今どう見るかは、この前例のどこに自分を置くかの問題だ、というのが彼の投げかけである。
彼が発言でウィッフルボールまで並べたのは、特定の一競技を売り込むためではない。世の中にはまだ主流化していない体を動かす遊びが多く残っており、その受け皿が空いている、という主張だ。この見立てを日本に当てはめると、狭い土地でも成立するコート競技の需要が、都市部の遊休空間の活用と噛み合う余地が見えてくる。屋上や商業施設の空きフロアを短期で埋める用途として、ピックルボールは不動産側の関心とも接点を持ち始めている。
優勝チームと世界1位を押さえる張り方
ヴェイナチャックの関与は言葉だけではない。彼が共同オーナーを務めるニュージャージー・ファイブスは、2年連続の準優勝を経て2026年にMLP初優勝を果たした。チームを率いるのは世界ランキング1位のアンナ・リー・ウォーターズで、彼の関連企業はウォーターズの代理を担うとされる。競技の頂点にあるチームと選手の両方を押さえる形は、拡大の果実を最も濃く受け取れる位置取りだ。
資本の側がピックルボールへ本気で張る構図は、彼一人の話ではない。プロバスケWNBAのオーナーが屋内20面の施設に投資したシアトルの事例のように、既存スポーツで成功した経営者が次の成長領域として資金を移し始めている。
拡大期の日本に置き換えると今はどの段階か
この強気論を日本に置き換えると、示唆は二段構えになる。第一に、体験会に千人単位が集まり常設コートが各地に開業し始めた今を「頂点」ではなく「序章」と見る余地があること。第二に、序章だからこそ、参入の巧拙が数年後の位置を決めること。競技人口が伸びる過程では、早く旗を立てた側が指名を取りやすい。
ただし前例が示すのは、すべての新興競技が主流化したわけではないという事実でもある。伸びを裏づけるデータを冷静に読むことが欠かせない。アジアで日本を含む複数国が急伸している状況を伝えたDUPRが映すアジアの勢力図のように、感覚ではなく実数で自国の位置を確認する姿勢が、投資判断と事業判断の両方で要る。
施設投資とアジアのリーグが同時に動き出した
ヴェイナチャックの発言が響くのは、周囲の動きが同じ方向を指しているからだ。用具ブランドの参入、常設施設への不動産・金融の投資、そしてアジアでのプロリーグ設立が同時に進んでいる。台湾がプロリーグを立ち上げたAEPLの発足のように、興行としての器がアジア各国で整い始めた。器が先にでき、選手と観客が後から入る順序は、彼が挙げた過去のスポーツの立ち上がり方と重なる。
この同時進行は、日本の関係者にとって好機であると同時に、判断を急がされる圧力でもある。動きが速いほど、遅れて入る側の取り分は薄くなる。
熱狂を鵜呑みにせず日本の関係者が今できること
愛好者、施設運営者、用具を扱う事業者がそれぞれ取れる手は違う。愛好者は、器が整う今のうちに大会やクラブに関わり、経験値と人脈を早く積める。施設側は、体験から継続へつなぐ会員設計を先に用意することで、拡大の波を取りこぼさずにすむ。用具事業者は、伸びる中上級者向けの品ぞろえを先に固めておくと、指名買いを取りにいける。
ヴェイナチャックの言葉は予言ではなく、当事者としての賭けの表明だ。日本の側も、熱狂をそのまま信じるのでも切り捨てるのでもなく、実数で位置を測りながら自分の張り方を決める段階に来ている。
参照元:The Dink Pickleball「Gary Vee: People Dramatically Underestimate Pickleball」

