プロ選手が試合で稼ぐ時代から、コートそのものを設計して運営する時代へ——。世界最上位のダブルスプレーヤー、ベン&コリン・ジョンズ兄弟の設計会社Johns Design and Consulting(JDC)が、マニラ首都圏パシッグ市のブリッジタウンに25面規模のメガ施設「Helios」を計画していると、フィリピン各紙が7月29日前後に一斉に報じた。センターコートは観客2,000人収容、開業は2028年。運営はKosmas Athletic Ventures Corporation(KAVC)、地権・開発側にロビンソンズ・ランドが入る座組だ。プレーヤーの育成やコート増設に頭を悩ませる日本のピックルボール関係者にとって、この一件は「アジアで何が起きているか」を測る物差しになる。
マニラ・ブリッジタウンに25面、暫定施設Helios Betaは今年12月にPPAアジア125を迎える
Heliosの本施設は8階建てで、うち6フロアがスポーツ・レクリエーション用途。ジム、スポーツクリニック、飲食を備え、Professional Pickleball Association(PPA)やMajor League Pickleball(MLP)といった国際リーグの開催を見据える。25面という規模は一都市の大会運営を丸ごと担える水準で、2,000席のセンターコートは放送映えする「見せる興行」を前提にした設計だ。
注目すべきは、本施設を待たずに走り出す暫定施設「Helios Beta」の存在である。こちらは14面で2026年第4四半期に完成予定。そして12月には、PPAアジアツアーのフィリピン初戦「PPA 125」をここで開催する。ハコが完成する前から国際大会の日付を先に置く進め方には、需要が施設整備のスピードを追い越している東南アジアの実態が表れている。
世界1位が図面を引く——JDCは「コート単価が全米平均の約2倍」を看板に掲げる
この計画の核心は、選手が「プレーする側」から「つくる側」に回った点にある。コリン・ジョンズは元世界ランキング1位でPPAダブルス35回優勝という経歴の持ち主で、兄のベン・ジョンズは長く男子の頂点に立ってきた。その二人が立ち上げたJDCは、施設設計・プロジェクト管理・運営・ブランディングまでを一貫して請け負う。同社は自ら手がけた施設が「コート1面あたりの売上で全米平均の約2倍」を出すと打ち出しており、選手の名前を看板にしたコンサルティングというより、収益設計を売る事業体として動いている。
コートの上のベン・ジョンズは、MLPで最上位に立ちながら11-1で沈む日もある一人のプレーヤーだ。その同じ人物が、パドルを置いた後の何十年も自分の名前が残る「箱」を海外に建て始めている。ベンは選手業と並行してPickleball GetawaysやPickleball 360といった事業も共同保有しており、JDCはその延長線上にある。プロ選手のマネタイズが賞金・スポンサー・用具契約の先へ広がった局面を、ジョンズ兄弟は最も早く体現している。
コリン・ジョンズは署名式で「ピックルボールは世界で爆発的に伸びており、フィリピンはアジアの一大拠点になる位置にある」と述べた。KAVC側の運営責任者には元フィリピン・スポーツ委員会会長のディッキー・バックマンが就く。選手ブランドと地元資本・不動産・行政人脈を一枚に束ねたのが、この座組の設計思想だ。
なぜフィリピンにハコが立つのか、経験者8.12億人というアジアの裾野
投資先が東南アジアに寄る理由は、参加者の伸びに数字で表れている。UPAアジアとYouGovの調査では、アジアでピックルボールを認知する人は約19億人、一度でもプレーした経験者は約8.12億人、月1回以上プレーする人も約2.82億人に達し、市場全体が前年比60%で伸びたとされる。とりわけベトナムは認知率88%・プレー経験率37%と経験の裾野が最も広く、フィリピン、マレーシア、シンガポールも2024〜2025年に認知が急拡大した。経験者が先に膨らみ、常設コートが後を追う——この順番だからこそ、いま建てる施設が需要を丸ごと受け止められる。
フィリピンの草の根は、実は首都だけの現象ではない。当サイトでもネグロス島に生まれた17面の地方拠点のように、地方発の施設を追ってきた。Heliosはその草の根とは階層が違う。選手ブランド×大手不動産×国際リーグ誘致という「メガ資本型」の一手であり、地元コミュニティが手弁当で6面を開くケースとは投資の桁も狙いも別物だ。両者が同時に立ち上がっているのがフィリピン市場の厚みを示している。
| Facility | Number of courts | Features | Timing |
|---|---|---|---|
| Helios(マニラ本施設) | 25面 | 2,000席センターコート・8階建 | 2028年開業 |
| Helios Beta(暫定) | 14 | 12月にPPAアジア125を開催 | 2026年Q4 |
| 米ドーサン(アラバマ) | 25面 | 人口7万の街が観光目的で建設 | 建設中 |
| 伊豆稲取(日本最大級) | 20 | 温泉リゾートのテニス改修 | 整備中 |
面数だけを見れば、人口7万の米ドーサンが約9.9億円を投じた25面とHeliosは同規模だ。だが片方は地方都市の観光戦略、もう片方は世界王者ブランドを掲げたアジアの興行拠点で、同じ25面でも設計の出発点がまるで違う。
12月のPPAアジア125は、船水・三好が走る巡回に「フィリピン戦」を足す
この施設が日本のプレーヤーと無関係でない理由は、開催されるツアーにある。PPAアジアツアーは今季シンガポールで三好健太が男子ダブルスで準優勝を挙げた舞台であり、船水勢に続く日本勢が実際に上位へ食い込んでいる。12月のHelios Betaでの「PPA 125」は、その巡回にフィリピン戦が一つ増えることを意味する。渡航距離で見れば東京からマニラは約4〜5時間、日本の選手が現実的に狙える海外グレード大会が、シンガポールに続いてもう一つ近場に増える格好だ。
アジアに常設のプロ巡回が根を張れば、日本の有力選手が抱える「国内でくすぶるか、いきなり米本土に挑むか」の二択に、現実的な第三の選択肢が加わる。中間の踏み台としてのアジア圏が厚くなるほど、育成ルートの引き直しが視野に入る。
33万人・262施設の日本にとって、マニラの2,000席が突きつける問い
翻って日本の足元を見ると、競技人口は約33万人で前年比およそ7倍、確認された施設は2026年7月時点で全国262・35都道府県に及ぶ(ピックルボールワン調べ)。潜在的な関心層は約1,189万人と推計され、伸びしろは大きい。ただしプレーヤーの約半数はいまも公共体育館で打っており、専用コートで打てる人は3割にとどまる。数は増えても「見せる興行を成立させる大型施設」はまだ乏しい。
マニラが2028年に2,000席のセンターコートを持つとき、日本にそれと張り合う常設アリーナはあるか。答えは今のところ心もとない。Heliosが示すのは、プレーヤーの数と大型ハコ投資は必ずしも比例しないという現実だ。選手ブランドと不動産資本を一枚に束ねる座組を、誰が日本で描くのか。マニラの図面は、その問いを日本の関係者に投げ返している。
参照した情報源
- Spin.ph — World-class, 25-court pickleball facility to rise at Bridgetowne
- Tempo (Manila Bulletin) — World-class pickleball center to rise soon
- PPA Tour Asia — PPA Tour Asia to Bring Tournaments to Philippines’ Helios Pickleball Complex
- The Dink Pickleball — Ben and Collin Johns Becoming Players Off the Court With Design and Consulting Firm
- UPA Asia / PPA Tour Asia — Asia: The Next Frontier for Pickleball(YouGov調査)
- 株式会社ピックルボールワン — 日本のピックルボール市場調査2026
