7月23〜26日にシンガポールで開かれた「PPAアジア500 Leapmotorシンガポールオープン」で、日本の三好健太がベトナムのHien Truongと組み、男子ダブルスで準優勝した。決勝はCollin Johns・Len Yang組にフルゲームまでもつれた末の敗戦で銀メダル。米国ツアーで結果を出す船水雄太に続き、アジアの舞台でも日本人プロが表彰台に上がり始めた。日本の競技人口が伸びるいま、選手個人の成績は国内の大会運営やスポンサー、育成の話とそのまま地続きになる。
三好健太、Hien Truongと組み決勝でCollin Johns組に敗れ銀
男子ダブルス決勝は、Collin JohnsとLen Yangがフルゲーム(3ゲーム目まで)を戦って三好・Truong組を退けた。Johns・Yang組にとっては5月以降のPPAアジアサーキットで3つ目のメダル、2つ目の金となる。個々のゲームスコアは大会側から公表されていないため、ここでは断定しない。
三好健太は1995年生まれ、埼玉県出身。早稲田大学を経て実業団でテニスをプレーし、25歳で引退したのち2024年3月にピックルボールへプロ転向した。妻で元プロテニス選手の吉冨愛子とミックスダブルスを組むことでも知られる。転向から1年余りの2025年4月にはニュージーランドの大会でPPA初タイトルを獲得しており、今回のシンガポールは、その延長線上にある結果だ。
三好はこの少し前の北京オープンでも男子ダブルスで決勝に進み、そこではTruongと対戦する側に回って敗れている。相手にも味方にもTruongの名前が出てくるあたりに、アジアの男子ダブルスがまだ限られた顔ぶれで回っている現状が透ける。三好は「決勝には届くが金には一歩届かない」試合を続けており、この壁をどう越えるかが次の焦点になる。
船水雄太の米国ツアー初優勝と三好の銀、半年で並んだ二つの前進
2026年に日本勢の名前が海外の結果欄に載る頻度が上がったのは、三好ひとりの話ではない。もう一人の軸が、元ソフトテニス選手の船水雄太だ。2024年に単身渡米してプロ転向し、PPAツアーのグランドスラム「アトランタ」で日本人選手として初のベスト4、続く「PPA500サンクレメンテ」では日本人初のPPAツアー優勝を果たした。DUPRの男子ダブルスでは日本人男子として初めてアジアランキング1位に立ち、世界ランクでも25位前後に位置している。
船水が米国の本流ツアーで賞金と順位を積み上げるのに対し、三好はアジアツアーと日本国内の大会を主戦場に、家族でのミックスも含めて露出を増やしている。攻める場所が違う二人が、ほぼ同じ時期にそれぞれの「日本人初」や表彰台を重ねている構図は、日本ピックルが一人の突出ではなく層として動き始めた兆しに見える。
| Item | Kenta Miyoshi | Yuta Funamizu |
|---|---|---|
| Previous sport | テニス(実業団) | Soft tennis |
| プロ転向 | March 2024 | 2024 |
| 主戦場 | PPAアジアツアー・国内大会 | PPA本流ツアー(米国) |
| 代表的な成績 | NZ大会優勝、シンガポール男子D準優勝 | アトランタ・ベスト4、サンクレメンテ500優勝 |
| ランキングの目印 | アジアの決勝常連 | DUPR男子D アジア1位・世界25位前後 |
※成績は各大会・報道時点のもの。ランキングは変動する。
アジアの勢力図はベトナム・香港が先行、日本は追う立場
今回のシンガポールの結果を見渡すと、男子シングルスは香港のHong Kit Wong(愛称Jack)が制し、3種目すべてでメダルを獲得。男子ダブルス金のLen Yang、決勝で三好と組んだHien Truongを含め、東南アジアと香港の選手が上位を占めた。女子はYufei Longがシングルスとダブルスの二冠。アジアの表彰台は、まだ日本以外の顔ぶれが中心だ。
背景には、地域ぐるみでコートと大会が増えている流れがある。シンガポールでは住宅地に屋内コートを備えた拠点が生まれるなど、競技環境の整備が日本より一歩速い局面もある。地域の競技水準が世界基準に近づいている点はハノイの1勝がLAと同じ価値に、DUPRが敷くベトナムの世界標準で扱った。環境が整えば選手層は厚くなり、決勝の常連もそのぶん入れ替わりが激しくなる。三好が越えようとしている「壁」は、この地域間の整備スピードの差でもある。
元テニス勢が支える日本ピックル、入り口づくりが次の課題
三好も船水も、テニス・ソフトテニスからの転向組だ。ラケット競技の下地を持つトップ層が競技を引き上げている一方で、ピックルボールそのものから育った選手が国際舞台に立つ道はまだ細い。日本代表の選考も、他国が数十人規模の強化枠を用意するのに対し、日本は公募に頼る場面が残る。派遣方針の違いはインドは34人を選び、日本は公募する——ジュニア派遣の分かれ道で整理した。
もう一つ、日本勢の伸びしろに直結するのがPPAの契約ルールだ。PPA契約下のプロが母国代表として国際大会に出られるようになる制度変更が控えており、これが実現すれば船水や三好のようなトップ選手を代表に組み込みやすくなる。この動きは国旗を背負えなかった選手20、PPAが母国代表を解禁する日で詳しく扱った。個人の表彰台を「日本代表の戦力」に変換できるかどうかが、次の数年を分ける。
ファンはDUPRで定点観測、施設は屋内コートで大会誘致の受け皿になれる
ファンとして追うなら、DUPRのアジア・世界ランキングで三好・船水の位置を定点観測すると、どの大会が「日本人初」に近いかが見えてくる。国内の運営・スポンサー側にとっては、PPAアジアツアーが東京まで来た事実が示すように、海外選手を呼べる大会が国内でも成立し始めている。地域の商業施設やスポーツ施設が屋内コートを持てば、そのまま大会誘致とスポンサー露出の受け皿になる。食品や地域産品を扱う企業にとっても、健康志向の来場者が集まる会場は接点になりうる。選手の一つの銀メダルは、こうした国内の投資判断を後押しする材料として読み解ける。
