グレイソン・ゴールディンは今年2月、2度の脳卒中で一時は言葉を失った。それから半年後の8月、中国・深センで開かれたSkechers Shenzhen Open(PPAツアー・アジア)男子シングルス決勝で、第3ゲーム5-10の劣勢からベトナム最上位のヒエン・チュオンを12-10で振り切り、キャリア初のPPAタイトルを掴んだ。試合のスコアだけを見れば逆転劇だが、その裏側には競技復帰そのものを疑われた選手の半年がある。日本でも復帰を目指すプレーヤーや、家族の病後に体を動かし直したい人にとって、彼の歩き方は具体的な手がかりになる。
2月に言葉を失い、ドラフト直後のパーム・ビーチ・ロイヤルズを外された
ゴールディンは元々テニスの選手だ。全米ジュニアで1位に立ち、アラバマ大学とフロリダ州立大学でDivision Iのテニスを戦ってから、2023年末にピックルボールへ転じた。プロ最速級とされる69マイル(約111km/h)のサーブを武器に、31歳でメジャーリーグ・ピックルボール(MLP)のパーム・ビーチ・ロイヤルズにドラフトされた。
その直後の2月、Carvana Mesa Cupへ向けた練習の翌日に倒れた。本人の説明では発話ができなくなり、後日の診断で脳卒中は2度起きていたと告げられた。ロイヤルズは彼を一度は起用したものの、インジュアード・リザーブを経て契約から外した。「2月に死んでいてもおかしくなかった」——決勝後、彼はそう振り返っている。プロの現役が、命に関わる病から半年で第一線に戻るという前提そのものが崩れた状態からの再出発だった。
東京とホーチミンで初戦敗退、深センで元テニス選手の速さが戻った
復帰の道は平坦ではなかった。ゴールディンは夏にPPAツアー・アジアを転戦したが、東京とホーチミンではいずれも初戦で敗れ、上位に残れなかった。潮目が変わったのが深センだ。初戦でキャメロン・ルーリングを11-4、11-0と一方的に下し、2月以降で初めてのシングルス白星を挙げる。ここからミッチェル・ハーグリーブス、ゼイン・フォード、15歳の東京で2冠を獲ったばかりの島袋タマを退け、決勝に駒を進めた。数試合を勝ち上がる中で、テニスで磨いた足の速さとサーブのキレが戻っていった。
5-10のマッチポイントから7連続得点、ヒエン・チュオンを12-10で下した
決勝の相手は、世界ランキングでベトナム最上位に位置するヒエン・チュオン。地元アジアの大会でベトナム勢は強く、ホーチミンでは自国開催で悲願の金を掴んだ実績もある。第1ゲームをゴールディンは4-11で落とし、第2ゲームも9-4とリードを許した。ここから7点連取で11-9とし、ゲームカウントを1-1に戻す。決着の第3ゲームは序盤に2-8と離され、5-10でチュオンにマッチポイントを握られた。普通なら試合が終わる場面だが、ゴールディンはそこから1点も渡さず7連続得点。12-10で押し切り、金メダルに手を掛けた。
スコアの推移を並べると、彼が勝負を分けた局面で失点を止められることが見える。テニス出身のプレーヤーが持つ、ラリーで主導権を奪い返す感覚が、病後も残っていた証拠でもある。
| 局面 | Score | 相手 |
|---|---|---|
| 初戦 | 11-4, 11-0 | キャメロン・ルーリング |
| 決勝 第1G | 4-11 | ヒエン・チュオン |
| 決勝 第2G | 11-9(4-9から7連取) | ヒエン・チュオン |
| 決勝 第3G | 12-10(5-10のMPを凌ぐ) | ヒエン・チュオン |
スコアはpickleball.comの報道に基づく。MP=マッチポイント。
日本の愛好者へ:復帰は勝敗より「打てること」から測り直す
ゴールディンの半年は、日本で怪我や病気からコートに戻る人にそのまま重なる。彼は復帰初期の東京・ホーチミンで結果を出せなかったが、そこで焦って引かず、初戦の白星から積み上げて深センの金にたどり着いた。勝ち負けの前に「試合ができる状態まで戻す」を先に置いた順番が効いている。日本でも同じ大会で、44歳の藤原里華が5-10から7連続得点で逆転した一戦があった。年齢や体の事情を抱えても、終盤に競り勝つ集中はトレーニングで作れる。
- 復帰戦はランキングや優勝でなく、初戦を勝ち切る・1ゲーム取り切るなど段階で目標を刻む
- 劣勢からの連続得点は運任せにせず、サーブとリターンの深さで主導権を取り直す練習を反復する
- 体調に不安がある場合は、単発の大会よりツアーのように試合数を重ねられる場を選び、勘を戻す時間を確保する
ゴールディンの金は奇跡でなく、初戦の白星から積み直した半年の設計
2度の脳卒中から半年、ゴールディンは深センで5-10のマッチポイントを凌いでヒエン・チュオンを12-10で下し、初のPPAタイトルを獲った。彼が示したのは奇跡の一発ではなく、初戦の白星から順に積み直す復帰の設計だ。病後や怪我明けでコートに戻ろうとするなら、まず一つ勝てる相手・一つ取れるゲームを見つけ、そこから試合数を重ねていく。深センの金メダルは、その延長線上にあった。
