オーストラリアのパドルブランドSix Zero Pickleballが、2026年だけで600本を超える試作パドルを作っている。米The Dink Pickleballが10月1日に掲載した取材記事で、創業者兼CEOのDale Youngが明かした数字だ。開発ログは累計で数千本に達しているという。同社は豪州に自社のR&D施設を持ち、中国の製造パートナーと組んで量産する体制を取っている。パドルの新製品は毎週のように出てくるが、その裏で1社が年に600本の試作を回しているという話は、日本ではあまり聞かない。ミズノが2026年8月に国内販売を始め、国内メーカーの参入が現実の話になった今、Six Zeroの開発の回し方は「何を揃えないと競えないのか」を具体的に見せてくれる。
試作600本という数字が示す開発の回し方
記事によると、Six Zeroの試作パドルの管理表は2026年だけで600本を超えた。社としての開発ログは累計で数千本の規模になっている。同時に走っているテーマは、将来のグリット技術、スイートスポットの最適化、重量配分、新しい積層構成、そして新規のパドル構造だ。
この本数が何を意味するかは、割り算すると見えてくる。記事は10月1日の掲載なので、600本は年初から9か月での実績になる。月平均で約66本、週に15本前後の試作が出ているペースだ。1本が1仕様とは限らず、同じ仕様を複数本作って比べる場合もあるだろうが、それでも年間で数百通りを実測できる速度になる。カタログに載る製品が年に数モデルという会社の裏側で、この回転が動いている。
Youngの言葉はこうだ。「We want to be the trendsetters, not the trend followers(流行を追うのではなく、作る側でいたい)」。同社の初期のサーモフォーム成形のGen 2パドル、カーボン製のエッジ構造と特徴的なフレア形状の着想には、およそ18か月の開発期間がかかったという。
豪州の自社ラボに何が置かれているか
Six Zeroの開発拠点で重要なのは、設備の構成が「測る」だけで終わっていない点だ。豪州のラボにはパドルの試験機、3Dプリンター、レーザーカッター、オーブン、そしてたわみから表面性能までを測る専用機器が入っている。
記事が強調しているのは、同社が実験用パドルを本社で製造し、熱成形まで自分たちでできるようになった点だ。測るだけの設備なら試作の発注先は工場になるが、焼ける設備があれば社内で完結する。試作を工場に出す場合は1サイクルごとに輸送と交渉と最小ロットが乗るので、社内で焼けるかどうかで回転の速さは変わる。
| Item | Details |
|---|---|
| 2026年の試作本数 | 600本超 |
| 累計の開発ログ | 数千本規模 |
| R&D拠点 | オーストラリア(自社施設) |
| 量産 | 中国の製造パートナー |
| ラボ設備 | パドル試験機、3Dプリンター、レーザーカッター、オーブン、たわみ・表面性能の測定機器 |
| 従業員数 | 約40人 |
| Sales channels | D2C、卸、Amazon、大手小売、海外事業 |
| Diamond Toughの特許出願 | 2024年初め |
もう1つ、Youngが語っている事情がある。パドル業界では製造のアイデアがすぐに広まり、知的財産の保護が難しい。そこでSix Zeroは豪州の施設内で完結させる開発作業の比率を上げ、工程が固まった後の段階で海外の工場へ移すようにしているという。自社ラボは開発速度のためだけでなく、情報を抱える場所としても機能している。
Opalの失敗を自分から話せる会社
この記事がパドルメーカーの記事として珍しいのは、売れなかった製品の話を社長自身が具体的に語っているところだ。Six Zeroは2026年、Opalに大きな期待をかけて年を始めた。製造の難しいコアと極めて厳しい公差を使った技術的に野心的なパドルで、YoungはこれをF1カーに例えている。精巧で高価、上級者と柔らかいボール向けで、結果として多くのプレーヤーが使いこなせる製品ではなかった。
Youngの評はこうだ。「I really liked the Opal personally. But … it was not fit for market(個人的にはOpalが本当に好きだった。だが市場には合わなかった)」。従業員約40人を抱え、D2C・卸・Amazon・大手小売・海外事業という販路を持つ規模になると、来週に200本だけ作り直すような方向転換はできない。Youngは「If you don’t have the product that’s hot to market, you can fade very quickly because there’s so many new products coming out every week(市場に刺さる製品がなければ、毎週のように新製品が出てくるので一気に埋もれる)」と話している。同社は2026年前半、この圧力を受けていた。
そこに来たのがDiamond Toughだ。表面処理でテクスチャを作るのではなく、グリットを素材の構造そのものに埋め込む方式で、スピン性能が従来のグリットよりはるかに長持ちすることを狙っている。開発は数年前から続いており、2024年初めに関連する特許出願を行っている。商業的な転機になったのは、Coral Proに採用した粗いDiamond Toughテクスチャだったという。Youngの表現は「It was a game-changer(これが決定打になった)」。
54か所を測るテストと、社内コード「Darth Vader」
次世代の開発テーマとして記事が挙げているのは、パドル面の性能分布を丸ごと測る試みだ。エンジニアのDaveが、パドル面の54か所で返りエネルギーを測定する3Dテストプロセスを作った。Youngによれば、従来の統括団体のテストはパドルのセンターライン上でのエネルギーリターンを評価するのが中心だった。面全体を54点で測れば、性能が上がる場所と落ちる場所の地図が描ける。
この手法はすでに次の試作に反映されており、社内で「Darth Vader」と呼ばれているコンセプトは、このスイートスポットのマッピングとAIによる最適化を組み合わせたものだという。狙いは、Coral Proで効いている要素を保ったまま、打球面全体で性能のばらつきが小さいパドルを作ることにある。
Youngの説明によれば、従来の認定テストはセンターライン上の評価が中心だった。面の端までどう評価されているかは記事では触れられていないが、少なくともメーカー側が自前で54点のデータを持てば、認定の数値には出ない差を設計に織り込める。AI最適化という言葉は製品ページでは飾りになりがちだが、54点の実測という入力がある場合は意味が変わる。何を最適化しているのかが特定できるからだ。
「グリットは3〜4年前に済ませた」というYoungの主張
耐久グリットは今のパドル設計で最も競争が激しい領域になっている。Youngの見方はそこが戦場であることを前提に、すでに次へ移っているというものだ。「Everyone’s scrambling over grit(全員がグリットに群がっている)」「While they’re all scrambling over grit, we bedded that work down three or four years ago(彼らがグリットに群がっている間、我々はその作業を3〜4年前に片付けた)」。そして「What we’re working on now is what people will be scrambling over two years from now(今やっていることが、2年後にみんなが群がる対象になる)」と続けた。
この主張を裏づけるものとして記事が挙げているのが、製品寿命だ。同社を世に知らせたDouble Black Diamondは発売から4年が経ち、今もSix Zeroの売れ筋の1つであり続けている。製品サイクルが短くなり続ける市場では長い。Coralは発売から約1年、新しいCoral Proは最近のリリースの中で最も強い反応を得ている。
商品計画も出ている。フラットトップのエロンゲーテッド版Coral Proが11月に予定され、その後にパワーを上げたCoral Pro Plusが控える。ブランド4周年を記念したゴールドのDouble Black Diamondも来る。Youngは、ロードマップが来年よりさらに先まで伸びていると話している。
記事が指摘しているのは、競合と同じ頻度で新製品を出さない判断の価値だ。現在の規模では、製品を頻繁に入れ替えると前の発売分の在庫を抱えた小売店に問題が生じる。数か月後にもプレーヤーが欲しがる製品を作るほうが難しく、CoralとCoral Proはそれをやった、というのが記事の整理だ。
日本メーカーが同じ土俵に乗るとき、何が足りないか
ミズノは2026年7月10日にピックルボール市場への参入を発表し、国内販売を2026年8月から始めた。米国では同年4月に先行している。パドルは3モデル構成で、中上級者向けのACROSTRIKE LXが税込3万9,600円、ACROSPEED SXが税込3万1,900円、エントリーから中級者向けのCALIBERが税込1万6,500円。ミズノ初のピックルボール専用シューズWAVE STRIKEが税込1万6,500円、バッグ3種が税込6,490円から1万5,400円。国内の販売目標は発売から1年間で1億円としている。2025年10月に日本ピックルボール協会と普及パートナー契約を結んでいる。
| Item | Model | Price (incl. tax) |
|---|---|---|
| Paddles | ACROSTRIKE LX | 39,600 yen |
| Paddles | ACROSPEED SX | 31,900 yen |
| Paddles | CALIBER | 16,500 yen |
| Shoes | WAVE STRIKE | 16,500 yen |
| Bags | ツアーバックパック35L | 15,400円 |
| Bags | バックパック30L | 8,250円 |
| Bags | トートバッグ | 6,490円 |
ミズノは素材と成形の技術を持ち、ラケットスポーツの開発拠点も持っている。開発予算や試作数は公表されていないので、Six Zeroと直接比べることはできない。違いがはっきりしているのは事業の構え方だ。Six Zeroは売上の大半がパドル周辺で、約40人の全体をこのカテゴリーに向けている。ミズノにとってピックルボールは多数あるカテゴリーの1つで、国内の初年度目標は1億円。社内で予算を取り合う相手が多いぶん、1カテゴリーに年600本の試作を回す判断は通りにくい。
では日本勢はどこで戦うのか。1つは、ピックルボール専業ブランドの参入形態を見ることだ。元PPAツアー選手のウィルソンが自社パドルブランド「Witness Pickleball」を立ち上げたように、小さく始めて1点に賭ける形がこの市場では成立している。もう1つは、日本固有の需要を取ることだ。東宝監修のゴジラパドルは初回200本を4万4千円で出した。これはR&Dの勝負ではなく、ライセンスとブランドの勝負になる。
そして技術で差を取りに行くなら、JOOLAのやり方が参考になる。JOOLAはProVでスロート部分をたわませて面を安定させるKineticFrame機構を打ち出し、Power FXでは発泡材の蓄積を使った。1つの機構を名前つきで押し出し、世代をまたいで改良する形だ。Six Zeroの54点測定もJOOLAのKineticFrameも、測れる軸を自分で定義して、そこに投資を集中させるやり方だ。
買う側としてどう読み替えるか
プレーヤーの立場で、この記事から取れる判断材料は3つある。
- グリットの耐久性は、もう「あるかないか」ではなく方式の違いで見る段階に入った。表面処理なのか素材に練り込む方式なのかはメーカーが明示するようになってきたので、そこを確認してから選べる
- 発売から1年以上カタログに残っているモデルは、評価が落ち着いている可能性が高い。Double Black Diamondの4年は極端な例だが、短命なモデルを追うより選びやすい
- 統括団体の認定テストはセンターライン中心なので、面の端の性能は認定だけでは判断できない。カタログの数値ではなく、実際に打って端の感触を確認する価値がある
Six Zeroの今後の発売予定としては、フラットトップのエロンゲーテッド版Coral Proが11月、続いてCoral Pro Plus、そしてブランド4周年のゴールド版Double Black Diamondが挙げられている。日本での流通や価格については、同社の発表を待つことになる。
Summary
Six Zeroが2026年に600本超の試作を出せている背景には、豪州の自社ラボで熱成形まで自前でできる体制がある。設備が試行の回転を支え、回転数が製品の当たり外れを吸収する。Opalが市場に合わなかったと社長が公言できるのも、次の手を複数抱えている状態だからだろう。
日本のメーカーがこの市場で何かを作るなら、総合メーカーとして広く揃える方向より、1つの機構に名前をつけて数年単位で磨く方向のほうが現実的だ。ミズノの国内目標が年1億円という規模である以上、まずは売れるモデルを1本作ることが先に来る。
プレーヤー側の次のアクションは2つ。手持ちのパドルのグリットが何か月でへたったかを記録しておくこと。そして次の買い替えでは、カタログのスペックではなく面の端で打った感触を基準に選ぶこと。54点を測っているメーカーが出てきた以上、面の均一性は近いうちに売り文句になる。
