ピックルボールの五輪入りの条件として「男子75・女子40」という数字が流通し始めた。9月24日にアジアの専門メディア pickleballnewsasia.com が公開した解説記事がこの数字を扱っている。出どころをたどると、これはIOCの現行規程の要件ではなく、世界連盟を名乗るGlobal Pickleball Federation(GPF)が9月4日に公開したFAQの中の「benchmark(目安)」だった。数字の意味を読み誤ると、2026年の日本の国内二団体統合の意義も判断を誤る。

75と40を書いたのはGPFの理事会が出したFAQ
9月4日にGPF理事会名で公開された6ページの文書
出典は、GPFが「Olympic Pathways & Unification Frequently Asked Questions」として公開したPDFである。告知ページには2026年9月4日の日付と「The GPF Board of Directors」の署名が入る。発信者はIOCでもARISFでもなく、国際団体の一つGPFの理事会だ。
FAQは全14問。第7問で統合後の国際連盟がIOCに示す項目を並べ、最後に「Universality」として「75 NF/men, 40NF/women play the sport」と括弧書きし、第13問でも「Universality(75/40 benchmark)」と繰り返す。GPFはこの数字を要件ではなく benchmark という語で紹介している。
AIMS経由の道筋に書かれている数字は60団体・3大陸
同じFAQは道筋を3つ挙げる。競合する国際連盟が一つに統合する道、AIMS(Alliance of Independent Recognized Members of Sport)からARISFを経てIOC承認に至る道、バドミントンや卓球、テニスといった既存の五輪国際連盟の下に一種目として入る道だ。
段階によって数字が入れ替わる。AIMSに申請する段階の条件としてFAQが挙げるのは「60 NFs across 3 continents」、3大陸にまたがる60の国内団体である。75・40はAIMSの条件ではなく、統合国際連盟がIOCに示す普及度の目安として出てくる。なおFAQと解説記事はARISFの名称を「Group of…」と書くが、ARISF自身は「Association of IOC Recognised International Sports Federations」である。
2004年版の五輪憲章の75と40は何を数えていたか
条文が数えていたのは団体数ではなく実施国の数
この組み合わせには出典がある。少なくとも2003年7月4日発効版から置かれていたオリンピック憲章の条文(2004年9月1日発効版では第47条1.1)には、実施競技の採用基準として「男子は少なくとも75か国・4大陸、女子は少なくとも40か国・3大陸で広く行われている競技のみがオリンピアード競技大会のプログラムに含まれ得る」という条文があった。
数えていた対象が異なる。条文が求めたのは「その競技が広く行われている国の数」で、国際連盟に加盟する団体の数ではない。さらに4大陸・3大陸という大陸要件が付いていた。FAQは本文で countries と書きながら括弧内を「75 NF/men, 40NF/women」とし、大陸要件を落としている。GPF側の表記自体が国と団体で揺れている。数字は同じでも、数えているものが二段階ずれている。
2007年の総会で第47条ごと削除されている
2007年7月7日発効の憲章は冒頭の改正一覧で、第46条から第48条が「削除され新しい第46条に置き換えられた」と明記している。第47条ごと消えたということだ。2024年7月23日発効の現行版にも、同種の数値基準は置かれていない。現行版で競技採用を定めるのは第45条とその付属細則で、書かれているのは数ではなく手続きと期限である。
| 資料 | 75・40の扱い | 数えている対象 |
|---|---|---|
| 2004年9月1日発効 憲章 | 採用基準として明記(男子75か国4大陸/女子40か国3大陸) | 競技が広く行われている国 |
| 2007年7月7日発効 憲章 | グアテマラの第119回総会で第47条ごと削除、新第46条へ置き換え | ― |
| 2024年7月23日発効 憲章 | 第45条が手続きと期限を定める | ― |
| GPFのFAQ(2026年9月4日) | 普及度の benchmark として提示 | 国内団体(NF)の数 |
現行憲章がはっきり書いているのは1国1団体の側だった
NOCは1競技につき2つの国内団体を承認できない
現行憲章で数の制約が明文化されているのは、国際連盟の側ではなく国内の側だ。第27条・第28条の付属細則1.2に「An NOC shall not recognise more than one national federation for each sport governed by an IF」とあり、国内オリンピック委員会は1つの国際連盟が統括する1競技につき複数の国内団体を承認してはならない。
第29条は、国内団体がNOCに承認されるにはIOC承認済みの国際連盟に加盟し、憲章と連盟規則に従う必要があると定める。「1国1団体」は競技側の努力目標ではなく、国内オリンピック委員会に課された禁止規定として書かれている。ただし条文が掛かるのは「IFが統括する競技」で、ピックルボールにはIOC承認のIFがまだない。いまJOCが禁止されているという話ではなく、承認IFができたあとに効く規定だ。
実施競技は承認済み国際連盟の競技から選ばれ、期限がある
第45条2.1は、実施競技をIOC総会が「IOCに承認された国際連盟が統括する競技の中から」決めると定める。承認が先で、採用は後だ。付属細則では決定の時期は原則として開幕の7年前、または開催地を選出した総会のいずれか遅い時点、変更は遅くとも3年前までとある。2032年の大会なら原則の時点は2025年、変更の最終期限は2029年という計算になる。ただし条文は「IOC理事会が別に決めない限り」と前置きし、付属細則3.4はIF・組織委・IOCの合意で期限を例外的に外せるとしている。2025年を過ぎたから終わり、という読み方はできない。
開催地組織委員会がその大会限りの追加種目を提案する道も付属細則3.1にあるが、この条文も「第45条とその付属細則に完全に従って」決めると書く。承認済み国際連盟という前提は迂回できない。現行憲章が列挙する実施競技の国際連盟一覧(夏季27、冬季7)に、ピックルボールの団体は入っていない。ただし同じ付属細則は「IOCが承認した他のIFが統括する競技」も別項で置いており、新競技の入口はそちらにある。
GPFの加盟国一覧は77件、うち12件は独立国ではない
大陸別では5地域に分かれ、日本はアジアの枠にいる
GPFは加盟国一覧を公開している。加盟団体はアフリカ20、アメリカ大陸21、アジア14、ヨーロッパ14、オセアニア8で合計77件。アジアはAsian Pickleball Association(APA)が受け持ち、日本もこの枠にいる。
独立国ではない地域が12件含まれている
一覧の中身は国だけではない。香港、マカオ、チャイニーズタイペイ、プエルトリコ、ジブラルタル、グアムなど12件は独立国ではない。憲章第30条1項は「国」を「国際社会に承認された独立国家」と定義しており、厳密に当てはめると77件は65件まで下がる。ただし香港やチャイニーズタイペイにはNOCがあり、線引きは単純ではない。
数の話と競技水準の話は分けたい。DUPRの集計では成長が速い10か国がすべてアジアで、日本は伸び率170%で5位に入っている。競技の伸びそのものは事実でも、GPFのFAQ第7問が問うのは「casually playing」ではなく五輪水準で戦える準備の有無である。
日本の二団体統合でPJが挙げた理由と、選手に残った宿題
PJ自身は2032年ブリスベンを目標として挙げている
日本では日本ピックルボール協会(JPA)とピックルボール日本連盟(PJF)が統合し、一般財団法人ピックルボール日本連盟(PJ)になった。PJの統合特設サイトのFAQは統合の理由を説明する。統合IF(世界連盟)の誕生に向けて日本の二団体も統合して国内統一団体となり、新IFに加盟してオリンピックへの参加を見据える、という趣旨である。2032年ブリスベン大会の正式種目化を目標に掲げている。
「統合された国際連盟が前提になる」という見立ては、IOCが日本に出した条件ではなく、GPFのFAQとそれを受けたPJ自身の説明だ。2032年も決まった予定ではなくPJが掲げた目標である。GPF側の役員紹介は統合の時期を2026年2月と記す。PJ側は統合日を明示しておらず、理事長挨拶は2026年4月10日付でリオダン リカ氏の名前で出ている。
代表選考も国内ランキングも、調整中と書かれている
競技者に直接影響を及ぼすのはここからだ。PJの特設サイトのFAQは、登録選手の移行措置から日本代表の選考基準まで、いずれも調整中と書いている。
| 項目 | PJの特設サイトの記載 |
|---|---|
| 登録選手の移行措置 | 調整中、確定次第に告知 |
| 国内ランキングポイント | 取り扱いは調整中 |
| DUPRのレーティング | 個人アカウントに紐づくため継続使用できる |
| コーチ・レフェリー資格 | 両団体の資格の扱いは調整中 |
| 日本代表の選考基準 | 統合後の基準は調整中 |
| 2026年度の大会・資格 | 現行計画を尊重し新体制で運営 |
今すぐ確認しておくと後で困らないこと

選考基準が動く前提で動く選手には、記録の残し方が重要だ。GPFの役員紹介では、PJFが2024年に日本初の国際大会を9か国700人規模で開き、2025年に18か国1,300人まで広げたとある。国内でも有明で60面を使うPPAアジアの大会が日本初開催になったほか、MLPアジアのドラフトで日本代表の枠組みが動いた例もある。新基準がどの実績を見るかは未定だが、出場大会と結果が第三者に確認できる形で残っているかは、基準が確定してから揃えても作れない。
指導者側の宿題も具体的だ。資格の扱いが決まらない間は、自分の資格がどちらの体系のもので、更新や有効期限の条件がどうなっているかを記録しておく。まず一つ動かすなら、PJの特設サイトのFAQを開き、自分に関係する項目を書き出して確定告知を待つ状態にしておくことが確認の第一歩だ。
参照した資料:

