コートの脇に食のブースが並び、照明と音楽のなかで選手がプレーする。ベトナム南部のリゾートで開かれた大会「Mr & Miss Pickleball Vietnam 2026」は、勝敗を競うスポーツイベントであると同時に、ブランドが観客の視線を買いにくる広告の舞台でもあった。協賛に名を連ねたのは、意外にもアパレル・フットウェア系のBrilliA。まだ競技人口が読みきれない市場に、なぜ企業は早い段階で資金を入れるのか。この一件は、日本の食品・雑貨メーカーにとっても他人事ではない。
大会はホーチミン近郊のリゾート、ホーチャム(Ho Tram)で開催された。男子ダブルス・女子ダブルス・ミックスのチーム戦を軸にしつつ、大会名が示すとおり「Mr Pickleball」「Miss Pickleball」という個人の栄冠も用意された。優勝はTeam Elite Star。個人ではValentin Tran氏とPham Thi Anh Vuong氏がそれぞれ王者に選ばれ、各5,000万VND(約29万円)を手にしている。会場ではベトナム女子テニスのトップ選手Sophia Phuong Anhによるエキシビションも組まれ、競技の枠を超えた見世物として設計されていた。
ブランドが群がる、東南アジアの伸び盛り市場
ベトナムのピックルボールは、この2年で一気に裾野を広げた。都市部のテニスコートや空き地がコートに転用され、大会の数も参加者も右肩上がりで増えている。テニスやバドミントンより道具が安く、ルールも覚えやすい。この参入障壁の低さが、都市部の若年層を短期間で取り込む原動力になった。BrilliAのCEOであるKendrew Hartanto氏は、ベトナムを「東南アジアで最も勢いのあるピックルボール市場のひとつ」と評した。市場が固まる前に名前を刻んでおきたい、というブランド側の思惑がにじむ。
ブランドが早い段階で動く理由は、費用対効果の逆転にある。競技が国民的になってから協賛枠を買えば、価格は跳ね上がり、後発として埋もれる。伸び盛りの局面なら、同じ露出を安く買え、しかも「この競技を早くから応援していた」という物語まで手に入る。BrilliAの一手は、まだ勝ち組が決まっていない市場でのポジション取りそのものだ。
注目すべきは、協賛したのがパドルやシューズの専業メーカーではなく、ファッション寄りのブランドだった点だ。競技用品を売るためではなく、大会に集まる若く映えるプレーヤー層と、その写真がSNSで拡散する導線を買っている。スポーツを広告媒体として使う発想であり、食品や雑貨のメーカーが横入りできる余地がここにある。
賞金の内訳と円換算
大会の賞金は個人・チームの双方に配分された。為替は1円あたり約170VNDを目安に換算した(実勢レートで変動)。優勝チームの取り分だけで4億VNDを超え、地域大会としては厚い設計になっている。
| Category | 受賞 | 賞金(VND) | 円換算(目安) |
|---|---|---|---|
| チーム優勝 | Team Elite Star | 4億VND超 | 約235万円 |
| チーム準優勝 | Team Phê Pickleball | 4,000万VND超 | 約24万円 |
| チーム3位 | Team Fulla | 2,000万VND超 | 約12万円 |
| Mr Pickleball | Valentin Tran | 5,000万VND | 約29万円 |
| Miss Pickleball | Pham Thi Anh Vuong | 5,000万VND | 約29万円 |
三者三様の思惑
この大会をめぐる関係者の動きは、立場によって狙いがはっきり分かれる。ブランド側は市場の入口に旗を立てた。Hartanto氏の「勢いのある市場」という言葉は、投資判断の裏付けを対外的に示す宣言でもある。まだ勝者が定まらない市場ほど、先に露出を確保する価値は大きい。
運営側は、競技を「観て楽しい」コンテンツに寄せた。イベントディレクターのJoshua Turner氏が組み立てたのは、試合結果だけでなく音楽・照明・飲食を含む一体の体験だ。純粋な競技会ではなく、観客とスポンサーの双方を満足させる興行として設計されている。
選手・出演側にとっては、賞金と露出が両輪になった。テニスのトップ選手を招いたエキシビションは、既存スポーツのファンをピックルボールへ引き込む橋渡しになる。競技の実力だけでなく、被写体としての魅力までを評価軸に組み込んだ「Mr & Miss」の形式は、選手のブランド価値を高める場にもなった。
日本の食品・雑貨・ノベルティ企業への示唆
この構図は、日本の中小メーカーにとって示唆に富む。ピックルボールの大会は、テレビCMのように巨額の枠を買わずとも、現場のブースやノベルティで存在感を出せる。会場に集まるのは可処分所得のある健康志向層で、食品・飲料・生活雑貨の試供や配布と相性がよい。競技用品と無関係な業種でも、来場者体験の一部として自然に入り込める。汗をかいた直後の観客に補給食を渡す、写真を撮りたくなる什器を置く——こうした接触は、棚に並ぶだけでは得られない体験の記憶を残す。
鍵になるのは、大会をブランド接点として捉え直す視点だ。ロゴを掲出するだけで終わらせず、休憩中に手渡す補給食や、勝者に贈るオリジナルグッズ、写真に写り込む什器まで一体で設計すれば、少額の協賛でも記憶に残る。日本国内でも競技人口は増えており、地域大会に地場の食品メーカーが名を連ねる流れは十分に想像できる。実際、ベトナムではダナンに集う起業家1,600人の大会のように、コートが商談やネットワーキングの場として機能する事例も出ている。
スポーツ×ブランドの波及
競技を広告の器として使う動きは、ベトナムに限らない。食品大手が球団名にブランドを冠するケロッグの事例のように、胃袋と競技人口を同時に狙う協賛は世界で増えている。エンタメ性を前面に出す点では、コスプレやK-popと同じ舞台に競技を並べたクチンの祭りとも通じる。ピックルボールが「観る・撮る・語る」対象になったことで、スポーツ用品以外の業種が入り込む余白が生まれている。
協賛を検討する企業への実用情報
協賛を考えるなら、規模の大小より接点の質を優先したい。地域大会は数万円規模から名を連ねられる場合が多く、まずは1大会で来場者の反応を測るのが現実的だ。配布物は競技中に消費される補給系や、持ち帰って使える実用品が写真映えと再利用の両面で効く。賞金の一部を自社商品の詰め合わせに置き換える現物協賛も、原価を抑えつつ露出を得る手段になる。効果測定は、SNSでのタグ付け投稿数や会場での試供品の消化率など、後から追える指標を事前に決めておくと次につながる。
Summary
Mr & Miss Pickleball Vietnam 2026は、競技とエンタメとブランド戦略が一枚の舞台で重なった好例だった。アパレルが賞金を積んだのは、市場が固まる前に旗を立てるためだ。日本の食品・雑貨・ノベルティ企業にとっても、伸び盛りの競技は少額から始められる広告媒体になりうる。ロゴの掲出で満足せず、来場者の体験そのものを設計できるかどうかが、協賛の成否を分ける。
