フロリダ州ネイプルズの65面の施設「USOP National Pickleball Center」が、11月16日に育成プログラム「The Academy」を立ち上げる。指導のトップに就くのはフランス出身のジェイ・ドゥビリエ(1994年12月18日生まれ)で、専門メディアのThe Dinkが10月6日に報じた。
先に一点ほどいておきたい。ドゥビリエは選手を引退して指導者に転じたわけではない。本人の戦績ページによれば8月にAPPツアーへ復帰しており、PPAの現在ランクは男子シングルス18位、ミックスダブルス12位、男子ダブルス12位。2026年の全米オープンではアンナ・リー・ウォーターズと組んでミックスダブルスを制し、男子シングルスは準優勝、男子ダブルスはベスト4に入っている。つまりこの人事は選手の第二のキャリアの話ではなく、65面を1年52週どう回すのかという施設側の経営判断に近い。
11月16日に動くのはアカデミーだけでドゥビリエはツアーを降りていない
The Academyが掲げる対象は三つに分かれている。トップレベルの選手、8〜18歳の上級ジュニア、そして競技志向のプレーヤーだ。提供するのは少人数クリニック、プライベートとセミプライベートの個別指導、フィットネスとリカバリーのプログラム、そして映像とパフォーマンスの分析である。既存の施設がすでに持っているオープンプレーやリーグ、大会、レッスンとは別に、月謝を取れる上の層を切り出した形になる。
ドゥビリエはThe Dinkに対し、良い選手と偉大な選手を分けるものをキャリアを通じて研究し指導してきたと述べ、一人ずつゲームを分解して改善計画を立て、それを実行し、技術と映像とボールトラッキングと結果で進捗を測ると説明している。本人の言葉で締めたのは「一度のセッションずつ」だった。エグゼクティブディレクターのジャスティン・ロメロは、アカデミーが次の一手であり、ドゥビリエが率いて他のツアープロも関わり、ウォーターズのようなスターも顔を出すため、初日から高いバーを置くことになると語っている。
11月16日の正式始動を待たず、ドゥビリエを立てたイベントが複数組まれている。指導の中身を先に見せて、始動時点で申込を積んでおく段取りだ。
65面を遊ばせない答えが8〜18歳の上級ジュニアと競技者の有料枠だった
65面という規模は、作った後のほうが難しい。大会は長くても8日で終わり、残りの357日はコートが空いているかどうかが収益を決める。面数が増えるほど、空き時間そのものが最大のコストになる。アカデミーは、その空き時間のうち単価の高い帯を埋めるための装置として置かれている。
この方針は、全米オープン社長のベン・ワインバーガーが今年、Inside the Denのインタビューで語った線とそろっている。年52戦のプロツアーになろうとしているわけではなく、やりたいのは年間を通じたプレー、トレーニング、レベルアップ、リーグ、クリニックの機会づくりだという内容だった。競技を押し上げるのはアマチュアであり、ここでは365日それができるとも述べている。プロツアーの興行ではなく、会員が反復して金を払う側に賭けている。
8〜18歳の上級ジュニアを名指しで対象に入れたのも、同じ計算だ。ジュニアは保護者が継続して月謝を払う層で、週あたりの来館回数が読める。しかも競技側の受け皿は整いつつあり、PPAは18Uと14Uのジュニア選抜チームを2027年1月に始動させる。選抜に入ることを目標にできる競技ルートが用意されれば、育成プログラムは「上達」ではなく「選考に通る」を売れるようになる。ネイプルズのアカデミーが始動する11月16日は、その始動の1か月半前にあたる。
US Openの3,750人は8日で終わるが会員は52週コートに来る
数字を確認しておく。全米オープン公式サイトによれば、2026年大会は10周年の節目で、50州と53か国から3,750人の選手が集まり、来場者は5万5千人を超えた。The Dinkは選手3,800人超、観客6万人超、8日間で約6,000試合と書いており、公式の表記より多い。ここでは公式サイトの数字を採る。会場はイースト・ネイプルズ・コミュニティ・パークで、大会はコリアー郡の観光税から一部補助を受けている。施設は全米オープンを保有するPickleball 4 Americaが同郡と組んで運営している。
3,750人と5万5千人は、4月の8日間に凝縮された数字だ。この集客は施設のブランドにはなるが、年間の稼働率には直接効かない。次の全米オープンは2027年4月17〜24日で、そこまでの約6か月、65面は大会以外の需要で埋めなければならない。アカデミーの位置づけはそこにある。
大型施設を通年で押さえる動きは他にもある。PPAはアリゾナの41面を数十年単位で運営し、通年稼働させる計画を進めている。大会の主催者やブランドが、興行の器ではなく日常の受け皿としてコートを抱え込む流れが、65面と41面の両方で同じ方向に出ている。
オーシャンリーフで13年やったロメロが会員制クラブの運営をそのまま持ってきた
人選を見ると、この施設が何を売ろうとしているかがはっきりする。ロメロはキーラーゴのオーシャンリーフ・クラブに13年在籍し、ラケットスポーツ・ディレクターまで務めた人物だ。2025年初めにセンターのエグゼクティブディレクターに就いた。アルバカーキ出身で大学テニスでは全米ランクに入り、RSPAの認定を持ち、2024年にはRSPAの地区プロ・オブ・ザ・イヤーに選ばれている。オーシャンリーフでは自身がピックルボールのプログラムを立ち上げ、約8年にわたって会員を全米オープンに連れてきて、自分も出場していた。
要するに、65面の責任者は大会興行の出身ではなく、会員制ラケットクラブの出身である。会費、レッスン、リーグ、プロショップという、滞在時間と単価を積み上げる商売をそのまま65面に持ち込んでいる。ロメロは2月のCourtReserveのインタビューで、この場所にはずっと縁があったと話していた。全米オープンという大会ブランドの知名度を、会員制クラブの商品に変換する座組みだと読むのが素直だ。
日本の11面規模でも効くのは指導者の名前と戦績を看板に出す一点
日本の施設運営者がネイプルズの65面をそのまま真似する余地はない。ただ、箱を作った後に空き時間をどう埋めるかという課題は規模に関係なく同じで、ネイプルズの手の内は3つに分解できる。
- 指導者を匿名の「スタッフ」ではなく、名前と戦績で前に出す。ドゥビリエの場合はAPPツアーで18度、PPAツアーで2度の優勝という具体的な数字が肩書きの中身になっている
- 8〜18歳の上級ジュニアを最初から設計に入れる。月謝の支払い主体が保護者になり、来館頻度が読める
- 映像とボールトラッキングという計測を商品に含める。上達の実感ではなく、記録された変化を売る
日本側でも器は増えている。Sansanは東池袋のコートを11面に増やし、3階には競技連盟の事務局が入った。11面という規模でも、オープンプレーだけで平日昼を埋めるのは難しい。指導者の名前を出した上級者向けの枠と、ジュニアの定期クラスを先に設計しておくほうが、空き時間の埋まり方は読みやすくなる。
ただし順番は違う。ネイプルズは4月の大会で全米から3,750人が来る土地で、アカデミーはその集客の裏側に置かれた。日本の施設が同じ順番、つまり大会ブランドを先に作ってからアカデミーに降りてくる経路をたどれるとは限らない。先に週次リーグやスクールという地元の反復需要を作り、そこに名前のあるコーチを後から乗せる順序のほうが現実的だ。
ドゥビリエ側の事情も見ておきたい。PPAランクが二桁に落ち、8月にAPPへ戻った選手が、ツアーを続けながら育成の看板も背負う。2027年4月17〜24日の次の全米オープンまでに、65面のアカデミーが何人を抱え、その中からジュニア選抜に届く選手が出るかが、最初の答え合わせになる。
