全国35校・生徒4万人超を抱えるテニススクール大手のノアインドアステージ(兵庫県姫路市)が、ピックルボールとサウナを掛け合わせたウェルビーイング事業「W ARC(ダブルアーク)」を立ち上げた。組んだのは2026年3月設立の株式会社MIC FIELD(東京都渋谷区)。狙いは、汗をかいて動く体験と、ととのえる体験を一つの場に束ね、これまでスポーツクラブに来なかった層を引き込むことにある。国内でピックルボールの拠点が増えるなか、この動きは「コートをどう埋めるか」という運営側の課題に、別業種の掛け算で答えようとする点で読みどころが多い。
ノアとMIC FIELDが組んだ「W ARC」とは何か
2026年4月21日に発表された「W ARC」は、運動・リラクゼーション・コミュニティ形成を一続きの体験として設計したプロジェクトだ。プレスリリースが掲げるキーワードは三つ。人と人の「偶発的なつながり」、追い込まない「頑張らないウェルネス」、そして短時間で心身を回復させる「リカバリー」である。ピックルボールで軽く体を動かし、サウナで整える。この順序を一つの敷地で完結させるところに、既存のスポーツ施設ともサウナ施設とも違う設計思想がある。
ノアは姫路に本社を置き、テニスとバドミントンのインドアスクールを全国展開してきた運動指導のプロ集団だ。一方のMIC FIELDは設立から日が浅いスタートアップで、体験設計やコミュニティづくりの側面を担う。運動を「教える」蓄積と、場を「編集する」発想を突き合わせた座組みと見るのが自然だろう。
第一弾は東京・明治公園、価格は5,000〜7,000円
W ARCの旗揚げとなったのが、都立明治公園(東京都新宿区)で開かれた「Wellness Park Tokyo」だ。会期は2026年4月24日から5月10日まで、ピックルボールのプログラムは5月17日まで実施された。都心の公園という開かれた場所を選んだあたりに、「まず触れてもらう」という普及の意図が透ける。
参加プログラムと料金は次の通り。数字はいずれもリリースに明記されたものだ。
| プログラム | 日程 | 料金 |
|---|---|---|
| ピックルボール×サウナ(女性限定・定員12人) | 5月3日 | 7,000円 |
| ピックルボール レッスン | 複数日程 | 5,000円 |
| ピックルボール×瞑想 | 5月1日・16日 | 5,000円 |
目を引くのは、看板メニューであるサウナ回を女性限定・12人という小さな枠に絞った点だ。安売りで人数を集めるのではなく、体験の質と会話が生まれる密度を優先した設計に見える。ピックルボールが「初対面でも自然に打ち合える」競技であることを踏まえると、少人数×掛け算という組み方は、この事業が何を売ろうとしているのかをよく表している。
なぜ「整える×動く」なのか
ピックルボールとサウナは、一見すると遠い組み合わせに映る。だが両者には共通点がある。どちらも敷居が低く、体力や年齢の差を超えて同じ場を共有しやすいことだ。激しいラリーを続けるテニスと違い、ピックルボールはコートが小さく、球の勢いも穏やかで、初心者とベテランが同じコートで会話しながら打てる。サウナもまた、黙って座るだけで場を共にできる。「頑張らないウェルネス」という言葉は、この二つの性質をうまく言い当てている。
ピックルボールがテニス経験者に受け入れられやすいことは、以前取り上げたテニス経験者の関心度と市場の余白に関するデータでも見えている。運動習慣の入り口を広げたい事業者にとって、既存のスポーツファンを取り込みつつ、運動から縁遠かった層にも届く競技は使い勝手がいい。ノアがテニススクールで培った指導力を、そのままピックルボールの現場で発揮できることは、同じノアのコーチが競技会で示した教える側としての地力からも読み取れる。
健康経営・自治体・都市空間という三つの受け皿
リリースでノア側は、W ARCを従業員エンゲージメントの向上、若年層のコミュニティ形成、地域の健康促進につなげたいとしている。裏を返せば、この事業は個人向けの単発イベントで終わらせず、企業の福利厚生や自治体の健康施策という「継続して料金が入る」出口を見据えているということだ。
企業の健康経営の文脈では、社員が半日で気軽に参加でき、初対面同士でも打ち解けやすいピックルボールは、運動不足の解消と部署を越えた交流を同時に満たせる。そこにサウナのリカバリーを足せば、「福利厚生イベント」としての完成度は上がる。都心の公園を会場に選んだ第一弾は、そのまま企業や行政に見せるショーケースにもなっている。宿泊業がピックルボールを商品化したホテルの屋上を使ったウェルビーイング企画のように、異業種が競技を自社サービスに取り込む流れは国内でも広がりつつあり、W ARCはそれを「運動指導のプロ」の側から仕掛けた例と位置づけられる。
スポーツ事業者への示唆
国内では新しいコート施設の開業が相次いでいるが、箱を作った後に問われるのは稼働率、つまり「誰が、どんな理由で通い続けるか」だ。W ARCの構えは、競技そのものの魅力だけで集客するのではなく、サウナや瞑想、コミュニティといった付加価値を束ねて滞在時間と満足度を引き上げる方向にある。パドルとネットだけでは差がつきにくい時代に、体験を編集する力が差別化の軸になりつつあることを示している。
テニススクールがこの分野に踏み出した意味も小さくない。指導ノウハウ、既存会員という顧客基盤、全国の拠点網。ピックルボールへ横展開できる資産をすでに持つ事業者が本気で動けば、単発の流行に終わらせない普及の受け皿になりうる。W ARCが姫路発の全国チェーンと東京のスタートアップの共同事業である点も、地方の運営基盤と都市の発信力を掛け合わせるモデルとして参考になる。
もっとも、現時点で公表されているのは第一弾イベントの実績までで、常設施設の面数や恒常的な価格体系、協賛企業の顔ぶれ(リリースでは美容・飲料・アパレル分野を募集中とされる)はこれからだ。プロジェクトが単発の話題づくりで終わるのか、健康経営や自治体連携の定番メニューへ育つのか。次の一手として、どの企業・自治体と組み、どんな常設の場を持つのかに注目したい。

