大阪府大東市の府営公園・深北緑地で、テニスコート2面をピックルボール専用6面に転用したレンタルコートの利用が広がっています。週刊大阪日日新聞が2026年7月3日に報じました。運営するのは、指定管理者としてこの公園を任されているミズノ。夏休み期間はクラブミズノ会員向けにパドルの無料レンタルまで用意しました。用具を売る会社が、広告ではなく「公共空間の運営権」を使って競技人口そのものを育てる——日本のピックルボール普及の次の型が、この治水緑地公園に姿を現しています。
深北緑地で起きていること——4月開設、夏はパドル無料
報道によると、深北緑地では2026年4月、既存のハードコートを活用したピックルボール用レンタルコートが開設されました。ピックルボールは1965年に米国で生まれたラケットスポーツで、テニス・卓球・バドミントンの要素を併せ持ち、穴あきのプラスチックボールとパドルでプレーします。記事は「ルールが比較的簡単なため、初心者でも30分ほどのレクチャーでゲームを楽しめる」とし、コートがテニスより小さいことから小学生から80代まで幅広い世代に対応できると伝えています。
目を引くのが夏のキャンペーンです。8月末まで、クラブミズノ会員はパドル2本とボール2個のレンタルセット(通常500円)を1人1回無料で利用できます。新規登録者も対象で、「まず一度体験してもらう」ことに焦点を絞った設計です。深北緑地の大橋純二所長は「訪れた人に新しく面白い体験を提供したい」とコメントしています。
なぜミズノが府営公園を運営しているのか
前提となるのが指定管理者制度です。2003年の地方自治法改正で導入された仕組みで、自治体が持つ「公の施設」の管理運営を民間企業や団体に委ねられます。ミズノはスポーツ用品メーカーであると同時に、全国の体育館や公園の指定管理・運営受託を長年手がけてきた施設運営会社でもあり、深北緑地もその一つです。
そしてミズノは2025年10月、日本ピックルボール協会(JPA)と普及パートナー契約を締結しました。契約期間は2025年10月1日から2026年9月30日までの1年間。自社が管理する全国30施設(2025年10月時点)を使って個人参加型の体験会、レベル別講習会、大会を展開し、用具開発にも取り組むという内容です。2025年12月20日には高槻市立総合スポーツセンターで「ミズノ高槻オープン2025」を開催しています。深北緑地の常設コートは、この協定の延長線上にある「体験会の先」、つまりいつでもプレーできる恒常的な受け皿と位置づけられます。
数字で見る深北緑地のコート転用
施設のスペックを整理します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 開設 | 2026年4月 |
| コート | 屋外6面(ハード)。テニスコート13・14番の2面を転用 |
| 料金 | 1面1時間1,000円 |
| 用具レンタル | パドル2本+ボール2個で500円(8月末までクラブミズノ会員は1人1回無料) |
| 予約 | 利用日の1カ月前から。電話仮予約→メール本予約、アプリ予約にも対応 |
ここで面白いのは面数の経済です。テニス2面がピックルボール6面に変わる——面あたりの単価は、同園のテニスコート(1時間1,050〜1,270円)よりわずかに低い1,000円ですが、面数が3倍になるため、6面が埋まれば同じ土地から得られる時間あたり収入は最大6,000円。テニス2面の2,100〜2,540円に対して2倍以上です。指定管理者には利用料収入を伸ばすインセンティブがあり、既存ハードコートの塗り替えなら初期投資も小さい。「儲かる普及」が成立する構図です。
現場とメーカー、海の向こうの評価
関係者の発言を並べると、この取り組みの立体像が見えてきます。まず現場では、前述の通り大橋所長が「新しく面白い体験」の提供を掲げ、体験の入口づくりを重視しています。次に本社レベルでは、ミズノはJPAとの契約リリースでピックルボールを「生涯スポーツ」「三世代スポーツ」と位置づけ、競技人口の増加と健康寿命の延伸への貢献をうたいました。売り場の言葉ではなく、公共政策に近い言葉を選んでいるのが特徴です。
そして米国市場。ミズノはピックルボール発祥国の米国でパドル「AcroSpeed」シリーズ(254.95ドル=約3.9万円 ※1ドル=約155円)と「AcroStrike」シリーズ(294.95ドル=約4.6万円)を投入し、いずれもUSAピックルボールの認証を取得済みです。現地のギアレビューメディアforwrd.coはAcroSpeedを「2026年で最も興味深いパドルリリース」と評しました。カーボン成形技術を武器に、価格帯もSelkirkやJOOLAの上位モデルと真っ向勝負するポジションです。
メーカーが「場」から作る——広告費ではなく運営権で市場を育てる
ここからが本題です。用具メーカーにとってピックルボールの最大の問題は、パドルの性能でも価格でもなく、「プレーする場所と人がまだ少ない」ことに尽きます。競技人口が育たなければ、どれだけ良いパドルを作っても売り先がありません。米国ではSelkirkやJOOLAが大会スポンサードや施設投資で市場を耕し、テニスの名門HEADに至っては自らを「ピックルボール会社」と名乗るところまで踏み込みました。メーカーが市場創造のコストを先払いするのが、この競技の成長の定石です。
ミズノの独自性は、その先払いの手段として日本にしかない資産——指定管理という「公共空間の運営権」を使っている点にあります。広告を打って体験会に人を集めるのではなく、もともと年間を通じて家族連れが訪れる府営公園の中に常設コートを置く。1時間1,000円という公共料金水準の安さと、無料レンタルという入口。体験のハードルは都心のインドア施設より圧倒的に低く、しかも無料レンタルの条件はクラブミズノ会員登録ですから、体験者との接点はそのまま自社の顧客基盤に蓄積されます。コートで競技を覚えた人が次に買うのはパドルであり、その棚にはミズノ製品が並ぶ。体験から用具購入までの導線を、自社が運営する空間の中で完結できるわけです。
順序にも合理性があります。パドルはまず市場が成熟した米国で先行投入して商品力と価格帯を検証し、競技人口がまだ数万人規模の日本では「売る」より先に「場を増やす」。茅ケ崎市がスケボーと同じ枠組みでピックル広場を整備した事例は自治体主導の公共空間活用でしたが、深北緑地はメーカー主導という点で一歩踏み込んでいます。米国で潰れた手芸店の跡地が8面のコートに変わったように、既存ストックの転用がこの競技の拡大を支えていますが、日本で最も潤沢な「転用可能なストック」は商業不動産ではなく、全国の公園に眠るテニスコートやハードコートです。その鍵を握るのが指定管理者だという構図を、深北緑地は実証しつつあります。
波及——「稼働率の落ちたテニスコート」を持つすべての公園へ
この型は横展開が容易です。全国の府営・市営公園には、稼働にばらつきのあるテニスコートや多目的ハードコートが数多くあります。転用はラインテープとネットが中心で工事規模が小さく、失敗してもテニスに戻せる可逆性があります。指定管理者側には収入増の動機があり、自治体側には「幅広い世代の健康づくり」という説明のしやすさがある。ミズノがJPAとの契約で掲げた全国30施設という数字は、体験会ベースの現在地に過ぎず、深北緑地型の常設転用が広がれば一気に増える余地があります。2024年にパドルで日本市場に参入したヨネックスなど他メーカーが、施設運営という同じ土俵に踏み込むかどうかも見どころです。
プレーヤー側から見れば、これは都市部のコート不足に対する現実解でもあります。会員権や月会費を前提とする都心インドア施設と、1時間1,000円で借りられる公園の屋外コートは競合ではなく補完関係にあり、後者が増えるほど競技の裾野は広がります。
深北緑地ピックルボールコートの利用情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府大東市深野北4-284(深北緑地内) |
| アクセス | JR学研都市線「住道駅」からコミュニティバスで約3分 |
| 営業時間 | 9時〜17時(サマータイム期間は9時〜19時、2日前17時までの予約が必要) |
| 料金 | 1面1時間1,000円、レンタルセット500円 |
| 予約 | 1カ月前から。電話(072-877-7471)で仮予約のうえメール本予約、アプリ予約も可 |
| 支払い | 当日窓口で現金払い |
まとめ——夏の無料レンタルは「市場づくり」の入口
深北緑地の事例は、単なる関西のコート開設ニュースではありません。用具メーカーが指定管理という運営権を使い、公共空間の中で体験から顧客化までの導線を組み立てた、日本型の市場創造モデルの実証です。関西圏の読者は、8月末までの無料レンタル期間に一度足を運んでみてください。施設運営や自治体に関わる読者なら、自分の地域の公園の指定管理者が誰で、稼働の落ちたハードコートがどこにあるかを調べることが次の一手になります。テニス2面が6面に化ける算数は、深北緑地だけのものではないはずです。

