テニスラケットの老舗として知られるオーストリアのHEADが、2026年6月25日の週に新しいピックルボールパドル「Boom Pro EX15」を発表した。注目すべきは製品そのものより、それと同時に明かされた組織の動きだ。HEADはピックルボール事業の開発とマーケティングの拠点を、本国オーストリアから米アリゾナ州フェニックスへ移し、専任チームを新設した。テニス用品で世界に名をとどろかせたブランドが「テニスもやっているブランドではなく、ピックルボールのブランドになりたい」と公言し、開発の重心を米国へ動かした。この一連の判断は、競技の主導権がどこにあるのかを映し出している。日本でパドルを選ぶプレーヤーにとっても、どのブランドが本気で、その本気がどこを向いているのかを見極める材料になる。
HEADが発表したこと
今回HEADが打ち出したのは、製品と組織の二つだ。製品は新パドル「Boom Pro EX15」。組織面では、ピックルボール事業の開発・テスト・マーケティング・アンバサダー運営を担う専任チームを米フェニックスに置いた。HEADにとって、テニスをはじめとする競技の製品開発とマーケティングをオーストリア国外に移すのは初めてとされる。グローバルでこの事業を率いるのはPhilippe Oudshoorn氏(Global Pickleball Director)で、フェニックスのチームを通じて現地コミュニティやアンバサダー、草の根の普及にも関わっていく方針を示している。
象徴的なのが同氏の言葉だ。HEADを「テニスもやっているブランドではなく、ピックルボールのブランドにしたい」とした。本国の研究開発資産を持つブランドが、わざわざ開発機能を競技の最大市場へ動かす。製品リリースに添えられたこの宣言は、片手間ではないという意思表示と読める。
なぜ今、拠点を米国へ移すのか
背景には、ピックルボールという競技の地理的な偏りがある。発祥も競技人口の中心も米国で、新製品のテスト、トッププレーヤーとの契約、大会まわりの露出、販売チャネルのほとんどが北米に集中している。パドルの開発はプレーヤーのフィードバックを高速で回せるかどうかが命で、ユーザーと開発者が同じ地域にいる利点は大きい。オーストリアの本社で図面を引いて米国に送るより、フェニックスで作って現地で試す方が速い。Oudshoorn氏が現地の草の根普及まで視野に入れているのは、製品開発と市場づくりを一体で進める狙いがあるからだろう。
新パドルBoom Pro EX15の中身も、その本気度と無縁ではない。HEADはこのパドルに3層構造のフルフォームコア「TriFlex Power」を採用したと説明する。中心に反発と弾きを担うPPフォーム、その外側に衝撃と振動を抑えるEPPフォームのリング、最も外側にコアをしならせてスイートスポットを広げるEVAフォームを配する、という設計だ。表面は「Hexagon Raw Carbon」と呼ぶ未コートのカーボン面で、ボールを噛んでスピンをかけることをねらう。攻撃的に振っていくベースライン志向のプレーヤーに向けた、パワー寄りの一本という位置づけだ。専用設計の新作と拠点移管を同じタイミングでぶつけてきたところに、構えの大きさがある。
Boom Pro EX15のスペック
確認できている主なスペックは以下のとおり。価格はメーカー希望価格として米国で199.95ドルが提示されている。重量や厚みなど数値は販売店掲載値で、流通やロットによって幅が出る場合がある点には留意したい。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モデル名 | HEAD Boom Pro EX15 |
| コア構造 | 3層フルフォーム「TriFlex Power」(PP/EPP/EVA) |
| 表面 | Hexagon Raw Carbon(未コートのカーボン面) |
| 形状 | エロンゲート(縦長) |
| 厚み | 15mm |
| 長さ/幅 | 16.5インチ/7.4インチ(販売店掲載値) |
| グリップ長 | 5.5インチ(販売店掲載値) |
| 米国メーカー希望価格 | 199.95ドル |
縦長形状で15mm厚という構成は、リーチとパワーを取りに行く設計だ。フォームコアで弾きを出しつつ、外周のEVAでしなりとスイートスポットを稼ぐという作りは、固いパワー系パドル特有の腕への負担を抑えたいという意図と整合する。日本で同価格帯のパワー系パドルを検討している人にとっては、比較の土俵に乗ってくる一本になる。
業界の見方
ギア界隈の受け止めは、おおむね三つの方向に分かれている。一つは「ようやく本腰か」という歓迎の声だ。テニスで蓄積した素材や設計のノウハウを持つブランドが、専用チームを置いて開発するなら、製品の完成度が一段上がるはずだという期待がある。
二つめは冷静な見方で、ブランド名だけでは勝てないという指摘だ。実際、テニスやアパレルの大手がパドルに参入しても、専業ブランドの牙城を崩すのは簡単ではない、という前例がいくつもある。ロゴの強さより、トッププレーヤーの使用実績と打感の評価が市場を動かしてきた。HEADの宣言が本物かどうかは、これから出てくる契約選手や大会での使用率で測られることになる。
三つめは構図そのものへの注目だ。欧州発の老舗が開発機能を米国へ移すという出来事は、ピックルボールの中心が完全に米国にあることをブランド側が認めた、という読み方ができる。製品の良し悪しを超えて、競技の地政学が動いた瞬間として語られている。
日本のプレーヤーへの示唆
では、日本でパドルを選ぶ立場からこのニュースをどう使うか。ポイントは「ブランドの肩書き」ではなく「そのブランドがピックルボールに何を投じているか」を見る、という視点だ。テニスの名門という看板は、パドルの性能を保証しない。HEADのように専任チームと専用設計を用意したかどうか、トッププレーヤーが実戦で使っているかどうかの方が、はるかに参考になる。
もう一つは、フォームコア系パドルの広がりだ。Boom Pro EX15が採用したような多層フォームのコアは、パワーを出しながら腕への負担を抑える方向の設計で、固いカーボン一辺倒だった数年前とは選択肢が変わってきている。肘や手首に不安があるけれどパワーも欲しい、という日本のミドル層プレーヤーには、こうした構造のパドルが現実的な候補になる。試打の機会があれば、コア構造の違いがそのまま打感に出るので、数値だけでなく実際の弾きと振動を体で確かめたい。
HEADと同じように、テニスや他競技の大手がパドルへ流れ込む動きは続いている。総合スポーツメーカーの参入を追ったミズノのピックルボール参戦の記事や、ブランド力と専業の壁を論じたスケッチャーズのパドル参入の記事と合わせて読むと、HEADの判断がこの大きな流れのどこに位置するかが見えてくる。
市場への波及
HEADの動きが業界に与える影響は、大きく二つある。一つは、老舗ブランドの「本気の参入」が競争のレベルを引き上げることだ。専用チームと専用設計を投じるブランドが増えれば、製品の完成度競争が進み、選ぶ側にとっては質の底上げにつながる。価格は据え置きでも中身が良くなる、という展開はプレーヤーにとって悪くない。
もう一つは、ブランド戦略の二極化だ。HEADが資本と組織で攻める一方、開発と価格に資源を集中して派手なマーケティングを避ける、いわば逆張りで存在感を出す新興ブランドもある。両極のどちらが響くかは市場の成熟度によって変わる。マーケティングよりも開発と価格で勝負する考え方については米FLiKの逆張りパドル戦略の記事が詳しく、HEADの物量戦略と対比すると、これからのパドル選びの軸が見えやすくなる。
実用情報・関連リンク
Boom Pro EX15はパワー志向のベースライン型プレーヤー向けで、コントロール重視の人やネット際の繊細なタッチを最優先する人には別系統のパドルの方が合う場合がある。購入を検討するなら、まずは自分のプレースタイル(攻撃型かラリー型か)と、腕への負担への許容度を整理しておきたい。日本国内の流通状況や価格は時期によって動くため、複数の販売店で実勢を確認するのが安全だ。可能なら試打会で多層フォームコアの打感を確かめてから判断するとよい。
ブランドの参入動向をまとめて追いたい場合は、上記の関連記事を起点に、各社の契約選手や大会での使用率をチェックすると、看板に惑わされない選び方ができる。
まとめ
HEADがピックルボール専業を名乗り、開発拠点を米フェニックスへ移したことは、製品ニュースであると同時に競技の主導権が米国にあることを示す出来事だ。日本のプレーヤーが取るべき次のアクションは三つ。第一に、ブランドの肩書きではなく、そのブランドがピックルボールに投じている専任体制と契約選手を見る。第二に、Boom Pro EX15のような多層フォームコアのパドルを、パワーと腕への負担のバランスという観点で候補に入れ、可能なら試打する。第三に、ミズノやスケッチャーズ、FLiKなど他ブランドの動きと並べて、価格と性能の実勢で判断する。看板の大きさより、本気の中身を測る目を持つことが、これからのパドル選びを賢くする。

