ベトナム中部ダナンの5つ星リゾート「シェラトン・グランド・ダナン・ビーチリゾート&スパ」が、2026年6月、ビーチフロントにピックルボール専用コートを開設しました。目を引くのはコートそのものではなく、売り方です。ホイアン伝統のかご舟体験や250mのインフィニティプールと組み合わせ、「アクティブに過ごす休暇」というパッケージの中核として打ち出しました。コートを作って終わりにせず、コートを宿泊予約の理由に変える——外資系ホテルのこの設計は、コート設置が始まったばかりの日本の温泉地・リゾートホテルにとって、そのまま教材になります。
開業の中身——正規サイズ1面を「文化体験」とセットで売る
アジアのピックルボール専門メディアpickle.asiaや現地報道によると、新設されたのは19.7m×10.2mの正規サイズコート1面。多層クッション構造のサーフェスで膝への負担を抑え、LED照明により朝6時から夜8時まで利用できます。パドルとボールはOlaben製を無料で用意しており、手ぶらで訪れた宿泊客がその場でゲームを始められる設計です。
総支配人のエミリオ・フォルティーニ氏は「今日の旅行者はビーチバケーション以上のものを求めている」と語り、体を動かし、大切な人とのつながりを取り戻し、意味のある形で滞在先を発見したいという宿泊客の期待に応える施設だと位置づけました。
同時に始まったのが、ホイアンのベイマウ・ココナッツ林で受け継がれてきた円形かご舟(バスケットボート)の回転パフォーマンス体験です。中部ベトナム観光の定番アクティビティをリゾート敷地内で再現し、スポーツと地域文化体験を1つの滞在に束ねました。さらに7月1日から9月23日までは客室5%引き・飲食10%引き・子ども向けアイスクリーム毎日無料の夏季プロモーションを走らせており、コート開設をそのまま夏商戦の集客装置にしています。
W杯開催地ダナン——時給約300円の街コートと5つ星の棲み分け
前提として、ダナンはベトナムのピックルボール熱の中心地の1つです。2026年のピックルボールワールドカップ開催地に決まっており、市内には民間コートが次々に生まれています。地元ホテルのノボテル・ダナンが公開しているコートガイドには市内7カ所の民間施設が並び、料金は1時間あたり4万〜18万ドン(約240〜1,080円。1万ドン=約60円換算、以下同)。ベトナム全体でも、軍系銀行がプロツアーPPAの冠スポンサーに就くほど企業マネーが流れ込んでいる国です。
| Playing environment | 料金水準 | Character |
|---|---|---|
| ダナン市内の民間コート(ガイド掲載7施設) | 1時間4万〜18万ドン(約240〜1,080円) | 地元プレーヤー・長期滞在者向けの予約制コート |
| シェラトン・グランド・ダナン新コート | 宿泊者向けアクティビティとして提供 | 正規サイズ1面・LED照明・用具無料。文化体験やプールプログラムと一体運用 |
つまりシェラトンは、安価な街コートと料金では競っていません。1時間数百円でプレーできる街では、コート単体はもう商品になりません。だからこそ「ビーチの目の前」「用具込みで手ぶらOK」「かご舟やウォーターヨガとの一体運用」という、街コートには真似できない付加価値に振り切っています。フロリダのリゾートが桟橋の先に「水上に浮かぶコート」を開業したのと同じ発想で、リゾートのコートは競技インフラではなく、記憶に残る滞在体験の装置として設計されているのです。
現地の受け止め——市の観光ポータルが日本語ページで配信
この開業への反応で目立つのは、発信網の厚さです。pickle.asiaは「アジアのピックラーにとって、ベトナム行きの航空券を予約する本気の理由が増えた」という論調で伝え、域内各都市から直行便のあるダナンなら週末遠征圏内だと指摘しました。ダナン市の観光公式ポータル「Danang FantastiCity」はこの開業をプロモーション情報として掲載し、日本語を含む多言語ページで発信しています。一つのホテルの施設開業を、市ぐるみの観光素材として扱っている格好です。現地のITニュースメディアも6月下旬にリリースベースで報じており、スポーツ施設の開業がテック系媒体のニュースになるところに、ベトナムでのこの競技の話題性がにじみます。競合の動きも早く、前述のノボテル・ダナンは市内コート7選のガイド記事を自社サイトに載せ、宿泊客向けのコート案内そのものを集客コンテンツにしています。
「コートを作って終わり」の日本リゾートが学べる4点
日本でもリゾート×ピックルボールは動き出しています。ルスツリゾートは専用8面を整備して冠大会まで持ち込み、夏の北海道遠征という新しい旅の型を作りつつあります。ただ、多くの施設では「コートを作った」段階で止まっており、宿泊動機への転換はこれからです。シェラトンの設計から抽出できる要素は4つあります。
1. 滞在の文脈に埋め込む
シェラトンにおける「かご舟」に相当するものを、日本の施設は既に持っています。湯上がりの卓球文化、里山の収穫体験、漁港の朝市。温泉旅館がピックルボールを導入するなら、「温泉×軽スポーツ×土地の体験」という1泊2日の時間割として売るべきで、公式サイトにコート写真を1枚載せるだけでは予約は動きません。
2. 手ぶら設計で心理的ハードルを消す
パドル無料貸出は、初心者が「道具を持っていないから」とためらう理由を消します。国内の宿泊施設でも、貸出用パドルとボール、初心者向けのルール掲示までをセットで用意して初めて「誰でも打てる」体験になります。ラケット競技の中でも導入障壁が低いというピックルボールの特性は、用具が現地に揃っていて初めて生きます。
3. 時間帯を設計する
朝6時〜夜8時のLED照明付き運用は、チェックイン前後の隙間時間の活用と、日中の暑さ回避を織り込んだ時間設計です。日本の夏の屋外コートも、朝夕2部制やナイター開放を組むかどうかで稼働の質が変わります。滞在客の1日の動線に沿って開場時間を決めるのが、宿泊施設ならではの運用です。
4. 販促と同時に打ち上げる
シェラトンはコート開設と夏季割引を同じタイミングで発表しました。割引率自体は5〜10%と控えめですが、「新しい体験」と「今予約するお得な理由」を同時に提示する構成が、予約の背中を押します。設備投資は、それを主役にしたキャンペーンと束ねて初めて回収が始まると考えるべきです。
波及——「ピックル・デスティネーション」を競い始めたアジア
ベトナムでは企業の福利厚生大会からプロツアー誘致まで、ピックルボールが社会現象の域に入っています。ダナンW杯を控え、ホテルのコートは「大会を観戦し、自分もプレーする」旅程を受け止める器になります。アジア各都市から直行便で結ばれるダナンがピックル旅行の目的地として立ち上がれば、同じ航空路線圏にある日本のリゾートは、否応なく比較される側に立たされます。日本は立川での東京オープン開催など競技面の国際化が先行していますが、「休暇市場」でのコート活用はまだ空白に近く、裏を返せば先行者利益が残っている領域です。海外のピックラーが「日本の温泉宿でプレーできる」と知ったとき、それは強い旅行動機になり得ます。
Practical information
| Item | Details |
|---|---|
| Facility Name | シェラトン・グランド・ダナン・ビーチリゾート&スパ(ベトナム・ダナン、ノンヌォックビーチ沿い) |
| Courts | ビーチフロントの正規サイズ1面(19.7m×10.2m)、多層クッションサーフェス |
| 利用時間 | 6:00〜20:00(LED照明あり) |
| Gear | Olaben製パドル・ボールを無料提供 |
| 夏季プロモーション | 2026年7月1日〜9月23日。客室5%引き・飲食10%引き・子ども向けアイスクリーム毎日無料 |
| 周辺のプレー環境 | ダナン市内に民間コート多数(1時間4万〜18万ドン目安) |
まとめ——温泉・リゾート運営者が今週できること
シェラトン・グランド・ダナンが示したのは、ピックルボールコートが客室稼働を動かす「予約の理由」になり得るという事実です。国内の施設運営者がすぐ動ける手は4つ。①既存テニスコートや多目的広場の転用可否と照明設備を点検する、②貸出用パドルとボールを揃えて「手ぶらOK」を明記する、③土地の文化体験と組み合わせた1泊2日のモデルコースを作る、④開設時は割引や特典と同時に発表し、多言語で地域の観光ポータルにも載せる。コートの有無ではなく、コートの売り方で差がつくフェーズが、日本のリゾートにも来ています。
