元プロテニスの藤原里華が、8月20〜23日に開かれたPPAツアーアジアのSkechers深センオープンで、女子シングルス決勝まで勝ち上がった。決勝はチャオ・イー・ワン(Chao Yi Wang)に11-4、11-8で敗れて銀。テニスで全日本を2度制し、全仏オープンのダブルスで4強に入った選手が、44歳でパドルに持ち替えて世界大会の決勝に立った。ラケット競技の経験を後ろ盾に転向を考えている日本のプレーヤーにとって、藤原の一戦は「どこまで通じて、どこで足りなくなるか」を映す実例になる。
8月17日に報じられた『ベトナム代表に転向した元テニス選手』とは別人で、藤原は日本の選手として戦っている。混同しないように整理しておきたい。
全仏4強・WTAダブルス13位、テニスで20年を戦った経歴
藤原里華は1981年9月19日生まれ、神奈川県藤沢市の出身。テニスではシングルスで全日本選手権を2度制し、ダブルスでは杉山愛と組んだ2002年の全仏オープンでベスト4に進んだ。WTAツアーの自己最高順位はシングルス84位、ダブルス13位。2012年にはクルム伊達公子とのペアでツアー優勝を挙げている。約20年プロを続け、2020年に現役を退いた。
ピックルボールとの接点はテニス関連のイベントだった。そこから数か月で世界への挑戦を決め、44歳でPPAツアーと選手契約を結んだ。バドミントンとほぼ同じ広さのコートで、穴あきプラスチックボールをパドルで打ち合う競技に、テニスで培った打点とフットワークをそのまま持ち込んでいる。テニスの試合勘を残したままパドルを握る「二刀流」の姿勢が、転向1年目から国際大会の決勝という成果につながった。
東京王者として臨んだ決勝、復帰したワンに崩された終盤
藤原はこの大会に、直前の東京オープン女王として乗り込んだ。東京では5-10から7ポイント連取という大逆転で金を取っており、勢いのまま深センでも決勝へ駆け上がった。相手のワンは中国国内の決勝で二度敗れてきた選手で、今大会が復帰戦。その一戦で藤原を11-4、11-8と振り切り、初のシングルス金を手にした。
| Item | Details |
|---|---|
| Tournaments | Skechers深センオープン(PPAツアーアジア) |
| Run | 2026年8月20〜23日 |
| Venues | 深セン・宝安体育センター |
| Total prize money | 7万米ドル(約1,036万円) |
| Ranking points | 500(PPA) |
| 女子S決勝スコア | ワン 11-4, 11-8 藤原 |
円換算は1米ドル≒148円で概算。賞金総額は大会全体の額。
テニスの何が効き、何が置き去りになるのか
藤原の準優勝は、テニスの土台が短期間で世界の決勝に届くことを示している。強打の威力、深いストロークの精度、決勝の重圧に慣れた勝負勘は、そのまま武器になった。テニス出身者がピックルで結果を出す流れは藤原だけでなく、テニスから転じた香港のジャック・ウォンが国際シングルスで三度目の金を取った例にも表れている。
一方で、11-4で落とした第1ゲームの点差は、テニスの延長では埋まらない領域を突きつけた。ネット際7フィートの「キッチン」でボレーを止められるディンクの間合い、山なりのボールを我慢で運ぶ緩急、11点先取で1点の重みが増す配点。ここはテニスのラリー感覚とはリズムが違い、打ち込みたい本能を抑える競技だ。藤原ほどの実績でも決勝で崩れたのは、パワーが通じないスコア局面が確かに存在する証拠になる。
もう一つ見落とせないのが、相手のワンが復帰戦だった点だ。実戦から離れていた選手に第1ゲームを4-11で持っていかれた事実は、藤原のパワーが読まれた瞬間に一気に主導権が移る、ピックルボール特有の展開の速さを物語る。テニスなら1本のビッグサーブやリターンで流れを引き戻せる場面でも、この競技はサーブ側の優位が小さく、ラリーの主導権を握り直すまでに時間がかかる。44歳という年齢でこの速さに食らいつき、第2ゲームを8点まで押し返した粘りこそ、テニスの経験値が最も効いた部分だろう。勝ち切れなかった一戦だが、転向を迷うラケット競技者への回答としては十分に力強い。
ラケット経験を持つ日本の読者が、転向前に押さえたい点
- 強打とフットワークは即戦力になる。テニスやバドミントンの基礎は、数か月で試合に立てる速度をつくる。
- 勝敗を分けるのはキッチン周りの技術。ディンクとスピードダウンの練習を最初から並行させる。
- 11点先取は失点の連鎖が命取り。1ゲームを一気に落とさない粘りが、テニス以上に順位へ直結する。
- PPAツアーアジアは日本から近い実戦の場。三好健太がシンガポールで男子ダブルス準優勝を挙げるなど、日本勢が表彰台に届く距離にある。
藤原の次の物差しは、東京での金と深センでの銀の差をどう詰めるかにある。ワンに奪われた第1ゲームの4点差が、テニスの財産だけでは越えられない壁を指し示した。ラケット競技の経験者が転向を考えるなら、強打を磨く前にキッチンの2メートルで我慢する練習から始める——藤原の準優勝は、その順番をはっきり教えている。
