パドル(ラケット)を初めて握ってから7カ月。この短さで、アジアのジュニア国際大会の8強に入った選手がいる。ドバイを拠点とするフィリピン人、レイン・イザベラ・アスタノ。7月末にタイで開かれた国際大会で、彼女は同世代の経験者を相手に予選を勝ち上がり、二つの部門でベスト8まで進んだ。日本でジュニア育成がようやく話題になり始めたいま、この「7カ月で8強」という数字が示すものを掘り下げてみたい。
タイの国際大会で二部門ベスト8、始めて7カ月の到達点
舞台は、2026年7月31日から8月3日にかけてタイで開催された「Asia Pickleball Junior Open 2026」。アジア各国のジュニアが集まる大会で、アスタノは女子アンダー16ダブルスで8位(準々決勝進出)、女子アンダー14の部門で6位(同)という成績を残した。準々決勝はいわゆるベスト8のラウンドで、彼女は二つの年齢区分の両方でこの段階まで駒を進めたことになる。
注目すべきは、その到達までの期間だ。取材元のPickleball News Asiaによれば、アスタノがパドルを初めて手にしてからこの結果まで、わずか7カ月しかたっていない。ピックルボールは習得の速いスポーツと言われるが、初心者が国内の草大会で結果を出すのと、アジア規模の国際ジュニア大会で経験者と競り合うのとでは意味が違う。彼女は後者を、半年強でやってのけた。
| 項目 | 確認できた事実 |
|---|---|
| 大会 | Asia Pickleball Junior Open 2026(タイ/2026年7月31日〜8月3日) |
| 女子U16ダブルス | 8位(準々決勝=ベスト8) |
| 女子U14 | 6位(準々決勝=ベスト8) |
| パドル歴 | 約7カ月 |
| 前競技 | テニス(8歳開始、UAE U12で自己最高37位) |
| 用具契約 | Selkirk「Emerging Junior Pro」 |
握っていたのはテニスのラケット、UAEジュニア37位からの転向
速さの背景には、テニスで培った土台がある。アスタノは8歳でテニスを始め、UAEのアンダー12ジュニアで自己最高37位まで上がった選手だった。フットワーク、打点をとらえる感覚、ラリーを組み立てる思考——コート競技で積み上げたものが、ピックルボールへ転用されている。
この「テニスからの転向」は、世界のトップ層でも珍しくない道筋だ。ネット際の速い攻防や、面(ラケット面)のコントロールといった要素は、テニス経験者がアドバンテージを持ちやすい。用具の面でも、アスタノはパドルブランドSelkirkの「Emerging Junior Pro(新進ジュニアプロ)」として支援を受ける立場になっている。始めて7カ月の選手がメーカーのジュニア枠に入るのは、伸びしろを競技側と用具側の双方が見込んでいる証だ。
ドバイで育つフィリピン選手、越境ジュニアという経路
アスタノの経歴は、いまのジュニア競技の広がり方を象徴している。国籍はフィリピン、育ちと拠点はドバイ、そして初めての国際的な結果を出したのはタイの大会。一人の選手のなかに、三つの国・地域が重なっている。
ピックルボールは競技人口の急拡大で、練習環境やコーチ、大会が国境をまたいで整いつつある。ドバイのように施設投資が進む都市で育ち、周辺国の大会に出て経験を積む——こうした「越境で育つジュニア」は、これから増えていくだろう。日本のプレーヤーや指導者にとっても、遠征先や練習拠点を国内だけで考えない発想が現実味を帯びてくる。国際大会そのものの数や出場ルートは、ピックルボールの国際トーナメント一覧で整理しているとおり、アマチュアやジュニアが挑める間口も広がっている。競技の将来像については五輪競技化の行方とあわせて見ると、いまジュニアに投資が向かう理由が見えてくる。
8月30日、ダナンのワールドカップへ 日本のジュニアへの問い
アスタノの次の舞台は、ベトナム・ダナンだ。8月30日に開幕する「Pickleball World Cup(ピックルボール・ワールドカップ)」に出場する。この大会はワールドカップがアジアで開かれる初のケースで、ベトナム政府系メディアによれば80の国・地域から4,000人超が集まる規模。ダナンには現地のピックルボールコートが続々と整備されており、東南アジアがこの競技の新しい中心地になりつつある。始めて7カ月の選手が、その大舞台にジュニアとして挑む。
ここで日本の状況に目を戻したい。日本でもジュニア育成のプロジェクトが動き始めているが、アスタノの事例が突きつけるのは「才能ある子をどれだけ早く国際大会へ送り出せるか」という問いだ。テニスやバドミントンなど近接競技の経験者を早期に取り込み、越境の遠征機会を用意できるか。彼女の7カ月は、素質と環境がそろえば到達までの時間が一気に縮むことを示している。逆に言えば、環境が整わなければ同じ素質でも埋もれる。
アスタノがダナンでどこまで勝ち進むかは未知数だ。ただ、8月30日の開幕は、アジアのジュニア地図が一枚めくれる日になる。テニスコートからパドルに持ち替えた一人の少女の名前を、その日から覚えておいて損はない。

