フィリピン・ラグナ州のサンタクルス(Sta. Cruz)に、6面のコートを備えた「Maliwat Pickle Yard」が2026年7月11日にオープンした。運営するのはオーナーのMayda Maliwat氏と、医師である夫の夫妻。会員制を取らず、コートの利用料だけで誰でも打てる。週7日、朝から晩まで開ける設計だ。派手な首都の巨大施設ではなく、地方の町に静かに立ち上がったこの拠点は、東南アジアで続く「草の根コートづくり」の典型例であり、日本の地域施設づくりを考えるうえでも示唆に富む。
医療とスポーツを地続きにした夫婦の施設
Maliwat氏はオープンに際して「私たちの活動は健康づくりからスポーツまで地続きです。体が整えば、人はより健やかになる。ピックルボールは単なる競技ではなく、人と人をつなぎ、友情と仲間意識を育てる手段です」と語ったと報じられている。本人は医療従事者ではないが、夫が医師であり、夫妻はもともと「必要とする人に薬を届ける」地域貢献を続けてきた。そこにコートづくりが加わった形だ。
開所式にはサンタクルスのBenjo Agarao町長やラグナ州議会議員のArvin Manguiat氏が出席し、Diana Zubiri、Vin Abrenica、Eric Fructuosoといった俳優も顔をそろえた。地方の一施設の開業に行政と芸能人が集まる構図そのものが、フィリピンでのピックルボールの熱量を映している。
「医療×コミュニティ」というフックの意味
この施設を単なる新規コートと片づけると本質を外す。核心は、健康支援を続けてきた医療系の家庭が、地域の運動の場を自前で用意したという点にある。医師の家庭が「病気になってから治す」の手前に「日常的に体を動かす場」を置いた。予防と社交を一枚のコートに載せる発想だ。会員制を敷かず利用料だけで開放したのも、間口を最大化して住民を巻き込むための選択と読める。
会員制を敷かない運営は、日本で先行する都心型施設とは対照的だ。都市部では初期投資を回収するために会員権を先売りし、月額の固定収入で採算を組むモデルが目立つ。一方でMaliwat Pickle Yardは、利用のたびに料金を払う従量制で、初めての人でも予約なしに立ち寄れる。前者は「囲い込んで濃く使ってもらう」設計、後者は「間口を広げて数多くの人に触れてもらう」設計であり、地域に競技を根づかせる初期段階では後者の相性がよい。住民がまず一度打ってみる機会をどれだけ作れるかが、その土地に競技が残るかどうかを左右するからだ。
東南アジアではここ数年、首都以外の地方でこうした施設が相次いで生まれている。フィリピンでは、地方町イロイロが開業直後から80人規模の大会でコミュニティを一気に立ち上げた例や、首都でも大都市でもないネグロス島に国内最大級となる17面の拠点が生まれた例がある。中央から降りてくる普及ではなく、地元の熱意ある個人や家庭が起点になっている点が共通する。Maliwat Pickle Yardも、その系譜のうえに置くと立ち位置が見えてくる。
日本の地域施設づくりに持ち帰れる視点
日本でピックルボールの拠点をつくろうとすると、多くが「誰が運営し、なぜ続くのか」という壁に当たる。行政主導だと予算年度に縛られ、企業主導だと採算が合わなければ撤退する。Maliwat夫妻の事例が示すのは、地域に根を持つ担い手が、自分たちの背景(この事例では家庭が持つ医療という健康の文脈)と結びつけて場を持つと、施設に「続ける理由」が生まれるという点だ。運動の場は、それ自体が目的でなく、健康や地域のつながりという上位の目的に接続されたとき強くなる。
日本でも近い発想は動き始めている。たとえば茨城県境町がプロ選手を地域おこし協力隊として招き、普及の担い手に据えた取り組みは、外から人を呼びつつ地域の文脈に結び直す試みだ。医療機関、介護事業者、健康経営に取り組む地元企業など、「人の健康」を本業に持つ主体がコート運営に関わる余地は、日本にも十分ある。会員制の高級インドア施設が都心で先行するなかで、地方に必要なのはむしろ、間口の広い「利用料だけで打てる場所」かもしれない。
草の根ブームは次にどこへ向かうか
Maliwat Pickle Yardの6面という規模は、巨大アリーナに比べれば小さい。しかし、地域の運動と社交の拠点としては十分に機能する大きさだ。東南アジアの草の根ブームが教えるのは、施設の勝ち筋が必ずしも「面数」や「豪華さ」ではなく、「誰が、どんな文脈で持つか」に宿るということだ。日本で次に生まれる地域コートも、駅前の商業施設だけでなく、医療や福祉、教育といった地域の営みの隣に置かれたとき、長く続く拠点になる可能性がある。
まずは自分の街で、コートを持ちうる主体は誰かを見渡してみたい。運動の場を欲しがっている人は、案外、健康や地域づくりを本業にしている人の近くにいる。
