ベトナムのテニス史でただ一人グランドスラムのタイトルを持つ選手が、いまはパドルを握っている。リー・ホアン・ナム(Lý Hoàng Nam)は2015年ウィンブルドン・ジュニア男子ダブルスを制した後、2025年3月にプロテニスからの引退を表明し、ピックルボールへ軸足を移した。その彼が、8月30日から9月6日までダナンで開かれるHeineken Pickleball World Cup 2026に、ベトナム代表として立つ。
大会の規模そのものは別稿に譲る。ここで日本のプレーヤーに関わるのは、テニスやバドミントン出身の選手が代表の中心を占め始めたという一点だ。ラケット競技からの転向がアジアでどう進むのか、日本の現場と重ねて読むと見えてくるものがある。
引退会見でリー・ホアン・ナムが握ったのはラケットでなくパドルだった
リー・ホアン・ナムは2015年、インドのスミット・ナガルと組んでウィンブルドン・ジュニア男子ダブルスを取り、ベトナム人として初めて四大大会のトロフィーを手にした選手だ。引退の場となったのは2025年3月19日、ハノイでのエキシビション。テニス時代のダブルスパートナーだったチン・リン・ザンと組み、世界上位のピックル選手と対戦した。
転向の理由を、彼はこう語っている。「最初はこの競技の何が面白いのか確かめたかっただけだった。でも気づけばのめり込んでいた。ピックルは覚えやすく、誰でもできる。だからベトナム人に向いている」。テニスで鍛えた反応速度とフットワークをそのまま持ち込み、彼はアジアのPPA大会で複数のタイトルを取り、男子の世界上位に食い込んだ。用具はKamitoのアンバサダーとして同社のパドルを使う。彼が地元開催のアジア大会で2冠を取った試合は、ベトナムが海外選手に頼らず自前の王者を得た瞬間として現地で受け止められた。
オープン10人の代表に、テニス出身が複数並んだ
ダナンに送り込まれるベトナム代表のオープン部門は10人編成。主将はド・ミン・クアン、そこにリー・ホアン・ナム、クアン・ズオン、フック・フイン、チュオン・ヴィン・ヒエン、そして前述のチン・リン・ザンが名を連ねる。代表はオープンに加えてジュニア(U18)と子ども(U14)の各カテゴリーにも選手を出す。
注目すべきは、この顔ぶれがテニスやジュニア競技からの流入で成り立っている点だ。リーとチンはテニスのダブルスを組んでいた間柄で、二人がそろって代表のピックル選手として並ぶ。競技を丸ごと乗り換えたトップ選手が、数年で国の代表チームを形作る——この速さがベトナムの現状を示している。
ダナンは2年でテニスの街からピックルの都市に変わった
ダナンがこの規模の大会を担えるのは、前年の積み上げがあるからだ。2025年、市はPPAツアー・アジアのMB Vietnam Cupを初開催し、ベン・ジョンズやタイソン・マガフィンといった世界の主役級と、約20の国・地域から600人の選手を集めた。世界最高峰のプロが訪れる土台の上に、今回の代表選考と国際大会が乗っている。
ベトナムでは屋外コートが各地に急速に広がり、テニス・バドミントン・卓球といったラケット競技の経験者が次々とピックルへ流れ込んでいる。トップ選手の転向は、その大きな流れの先端に立つ看板でもある。テニスからの転向はベトナムだけの話ではなく、香港のジャック・ウォンが国際シングルスで3度目の金を取ったように、アジア各地で同じ現象が起きている。
日本のプレーヤーが読み取れる転向のリアル
日本の現場にも同じ地殻変動がある。ラケット競技のトップから転じた船水雄太が立川で元世界1位を破ったように、既存の競技で培った身体感覚はピックルで短期間に武器になる。リー・ホアン・ナムが持ち込んだ反応速度・足の運び・ネット際の読みは、テニス経験者がそのまま使える資産だ。
愛好者が受け取れるのは、次の三点だ。
- テニスやバドミントン経験があれば、ゼロから始める人より立ち上がりが速い。過去の競技歴は捨てずに翻訳する。
- 手数の多いラリー戦より、キッチンライン際のディンクとリセットが勝敗を分ける。パワーより配球で組み立てる。
- 用具はスペック表より使い所で選ぶ。リーが軽量パドルで速さを生かすように、自分のプレースタイルに合う設計を優先する。
転向組の頂点を日本は9月に生で確かめられる
リー・ホアン・ナムのようにグランドスラム経験者がピックルの代表になる例は、競技の若さと成長速度を映している。ダナンの本番は8月30日開幕。テニスやラケット競技の経験を持つ日本のプレーヤーは、彼の試合運びを配信で追い、キッチン際のリセットとパドル選びの二点に絞って自分のプレーに落とし込むところから始めたい。転向で先を行く選手の実戦は、これから始める人にとって最短の教材になる。

