2026年7月11日、米アラバマ州の人口7万人ほどの都市ドーサンが、640万ドル(約9.9億円/1ドル=155円換算)を投じた屋根付き25面のピックルボール複合施設を開業しました。運営は民間チェーンではなく市の直営。開業初日には250人超のプレーヤーが集まり、一部は150マイル(約240km)以上を移動して駆けつけています。地方都市が税金でこれだけの規模のコートを持つ狙いは、競技振興だけでなく「集客と税収」、さらに市が掲げる住民の健康・生活の質にまでまたがっています。同じ施設を公共インフラの視点から扱った人口7万の地方都市が税金で屋根付き25面を持つ意味と合わせて、今回はスポーツ観光という経済設計の側面から掘り下げます。日本でも自治体がコートを整備する動きが各地で出ており、ドーサンの賭け方は参考になる論点を多く含みます。
旧テニスコート跡地に、屋根付き25面が立ち上がった
新施設が建ったのは、市の運動公園「リップ・ヒューズ・アスレチック・コンプレックス」の一角。老朽化して使われなくなっていたテニスコートを転用した敷地です。25面すべてに屋根と天井ファンを備え、championship(選手権)用の専用コートを1面確保。LED間接照明は選手権レベルのプレー向けとして「この種では初」と市が説明しており、ADA(米国障害者法)基準のアクセシビリティも整えています。
屋根付きという点が地方施設としては効いています。南部アラバマの夏の直射と急な雨を避けられ、年間を通じて稼働できる。開業日は無料開放に加え、クリニック、物販ブース、フードトラック、そして地域運営のSouthern Pickleballと組んだ1日トーナメントを同時開催しました。単なるコート披露ではなく、初日から「人が来て、滞在して、消費する」場として設計されている点が特徴です。
市が語った狙いは「健康」と「目的地化」
市の担当者の言葉からは、この投資が観光戦略の一部であることがはっきり読み取れます。
- ビリー・パウエル氏(レジャーサービス局長)——「これは単なるプロジェクトではない。健康、コミュニティ、生活の質への長期投資だ」(発言では6.5百万ドルと言及。市が公表する事業費は640万ドル)
- ハンナ・シバー氏(Visit Dothan事務局長)——「ピックルボールの急成長を見て、ドーサンがこの競技の目的地になれると信じた」
- 開業初日は250人超が来場し、一部は150マイル超を移動。市外・州外からの流入を初日から実証する結果になった
観光局(Visit Dothan)の事務局長が旗を振っている点は見逃せません。施設整備を土木・スポーツ部局だけで完結させず、集客を職務とするDMO(観光地域づくり組織)が最初から関与している。「作ること」ではなく「呼ぶこと」を前提に置いた体制です。
数字で見る、投資回収の設計
ドーサンがこの規模を正当化できる根拠は、市全体のスポーツ観光の実績にあります。市は昨年、50を超えるスポーツイベントを誘致し、直接経済効果は約1,990万ドルに達したとされます。新しいピックルボール施設は、この既存の稼ぎ頭にさらに上乗せする位置づけです。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| コート面数 | 25面(すべて屋根付き) |
| 事業費 | 640万ドル(約9.9億円/1ドル=155円) |
| 開業日 | 2026年7月11日 |
| 開業初日の来場 | 250人超(最遠は150マイル超を移動) |
| ドーサン市の人口 | 約7万2,000人(2020年国勢調査で7万1,110人) |
| 市のスポーツ観光の年間経済効果 | 約1,990万ドル(誘致イベント50超) |
| 新施設の年間経済効果見込み | 年200万〜400万ドル規模(試算により幅) |
640万ドルの初期投資に対し、施設が生む年間経済効果は報道により200万ドル超から400万ドル超まで幅があります。ただし、ここでいう年200万〜400万ドルは地域全体への経済波及効果であって、市の投資が直接回収される額ではありません。市の歳入として戻るのはこの一部にとどまるため、「何年で回収」と単純化はできない点には注意がいります。米国では自治体主導の専用コンプレックスが各地で立ち上がっており、たとえばカリフォルニア州ロックリン市は総額290万ドルで16面のピックルボール専用施設を着工しています。面数あたりの投資額を比べると、ドーサンの屋根付き25面がいかに思い切った規模かが分かります。
「税金で娯楽施設」への反論をどうかわしたか
人口7万の街が10億円近い公費を娯楽施設に投じることには、当然「税金の使い道として妥当か」という視線がつきまといます。ドーサンがこれを乗り越えられた理由は3つに整理できます。
第一に、遊休資産の転用でコストを抑えた点です。ゼロから用地を取得したのではなく、使われなくなったテニスコートを張り替えて活用した。既存インフラの再利用は、住民への説明責任を果たしやすくします。
第二に、健康・生活の質という公共財の文脈に接続した点です。局長が「健康への長期投資」と明言したように、市はこれを単なる競技場ではなく市民の福祉施設として位置づけました。年齢を問わず遊べるピックルボールは、公共施設としての説明と相性が良い競技です。
第三に、観光収入という外貨獲得の物語を用意した点です。市外・州外から人を呼び、地元のホテル・飲食・小売にお金を落とす。250人が集まり150マイル圏から来たという初日の実績は、この物語が絵空事でないことを裏付ける最初のデータになりました。
日本の自治体は、ここから何を持ち帰れるか
日本でも地方自治体がピックルボールに乗り出す例が増えています。ドーサンの事例が示す実務的な示唆は3点あります。
ひとつは、屋根付き・年中稼働で天候リスクを消す発想です。日本の公営コートは屋外が多く、梅雨や猛暑、降雪で稼働が落ちます。集客を回収の柱にするなら、稼働日数を確保できる屋根付き構造が投資対効果を左右します。神奈川県茅ケ崎市がスケートボードと同じ都市公園の枠でピックルボール広場を整備した動きのように、既存の公共空間の枠組みを使えば、用地取得の壁を回避しながら整備できます。
もうひとつは、遊休スポーツ施設の転用です。利用者が減った公営テニスコートや体育館の一部は、日本にも数多くあります。ドーサンが旧テニスコートを張り替えたように、既存資産の再利用はコストと合意形成の両面でハードルを下げます。
最後に、観光部局との連携です。日本の自治体では施設整備を建設・スポーツ振興の担当が進め、集客は後追いになりがちです。ドーサンのようにDMOや観光協会を計画段階から巻き込み、大会誘致と宿泊・飲食への波及を最初から設計に織り込めば、「作ったが人が来ない」という失敗を避けられます。
施設・都市の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 施設名・立地 | リップ・ヒューズ・アスレチック・コンプレックス内(米アラバマ州ドーサン) |
| 規模 | 屋根付き25面/専用選手権コート1面/天井ファン・LED間接照明・ADA対応 |
| 運営主体 | ドーサン市(レジャーサービス局の直営) |
| 開業イベント | 無料開放・クリニック・物販・フードトラック・Southern Pickleball共催の1日大会 |
| 参考: 州全体のスポーツ観光効果 | 2024年に6億1,400万ドル超(アラバマ州) |
まとめ——コートは「消費を呼ぶ装置」になった
ドーサンの25面は、ピックルボールが競技を超えて地域経済のインフラになりつつあることを示す一例です。人口7万の街が約9.9億円を公費で投じ、初日から250人と150マイル圏の流入を実証した。この構図は、税収と交流人口の増加を狙う日本の地方自治体にとって、そのまま検討材料になります。追うべきは3点です。第一に、施設が実際に年間経済効果の試算を達成するか。第二に、市外・県外からの誘客を続けられる大会運営を組めるか。第三に、屋根付き構造と観光連携という2つの要素を、日本の気候と自治体の縦割りの中でどう再現するか。まずは自分の自治体に、転用できる遊休スポーツ施設がないかを確かめるところから始まります。

