マレーシア・ボルネオ島のサバ州で、女子だけのピックルボール大会に160人が集まった。会場は州都コタキナバル、7月10日から12日の日程で80チームが腕を競った。数字そのものは派手ではない。だが前年の初開催が50チームだったことを踏まえると、女子の参加は1年で6割増えた計算になる。都市部でも大都市でもない地方の州で、しかも女性主導で競技人口が跳ねている。この一点に、東南アジアの草の根がどう広がっているかが凝縮されている。
コタキナバルに160人、女子80チームが集まった
大会名は「Women’s Pickleball Championship 2026」。ダブルス中心の2日間で、初級・中級・ベテラン(40歳以上)の3カテゴリーに分かれて争われた。賞金総額はRM30,000。運営はBounce Pickleball ClubとDPPC Ladiesが担い、開会式には州首相府を代表してダティン・ノリア氏が臨んだ。参加者はコタキナバルだけでなく、タワウ、クニンガウ、コタブル、クダットといった州内各地から集まっている。州の端から端まで、車で何時間もかかる町からプレーヤーが来た点が、この大会の性格をよく表している。
Bounce Pickleball Club会長で大会実行委員長のヌル・ザヒエラ・プトゥリ・イスマイル氏は、参加拡大の理由をこう説明する。「昨年の初回大会では50チームだった参加が、今年は80チームに増えました。サバ州の女性の間でピックルボールへの関心が高まっている表れです」。1年で30チーム、率にして6割の伸び。地方の単発イベントとしては無視できない増え方だ。
なぜ地方と女性から広がるのか
ピックルボールが東南アジアで伸びている、という話はここ数年繰り返されてきた。ただ、その中身を見ると成長は首都や大都市だけの現象ではない。当メディアでも、マレーシア・サラワク州クチンでは祭りの演目にコートが組み込まれ、フィリピンでは会員制を敷かない6面コートが医師夫妻の手で開かれた事例を追ってきた。共通するのは、高価な会員権や専用施設を前提にせず、体育館や広場、既存のスポーツ会場を借りて始める身軽さだ。テニスに比べてコートが小さく、道具も安く、ルールが単純なぶん、初心者が同じ日に試合まで到達できる。この「入口の低さ」が、施設投資の乏しい地方でも競技を成立させる。
女性主導という点も偶然ではない。ダブルスが基本のピックルボールは、体力差より配球とペア連携が効く。年齢や運動経験の幅を吸収しやすく、40代以上のベテラン枠が独立したカテゴリーとして機能する。サバ州の大会が初級・中級・ベテランを分けたのは、勝ち負け以前に「続けられる相手と当たる」設計を優先した結果だろう。裾野を広げる競技では、この配慮が定着率を左右する。
1年でどれだけ増えたか
今回の伸びを、当メディアが追ってきた東南アジアの他事例と並べると、地方発の草の根がどの規模で動いているかが見えてくる。数値はいずれも各主催者・報道の公表値に基づく。
| 事例 | 場所 | 規模・数値 |
|---|---|---|
| 女子選手権(今回) | マレーシア・サバ州コタキナバル | 160人/80チーム(前年50チーム、6割増) |
| 祭りの演目化 | マレーシア・サラワク州クチン | 市の祭りにコートを常設演目として組込み |
| 起業家大会 | ベトナム・ダナン | 参加者1,600人規模 |
| 地方町の開業大会 | フィリピン・イロイロ | 開業直後に80人規模の大会 |
絶対数ではダナンの1,600人が目を引くが、注目すべきは伸び率だ。50から80への増加は、施設も予算も限られた州で1年のうちに起きた。地方の成長は総量では都市に及ばなくても、増加ペースでは都市を上回ることがある。数の天井が低いぶん、口コミと1つの成功大会が翌年の参加者を一気に押し上げるからだ。
現場が語った手応え
実行委員長のイスマイル氏は、関心の高まりを参加チーム数の増加として端的に語った。数字が語る以上のことを盛らない、地に足のついた説明だ。開会式に州首相府の代表が立ったことは、行政がこの動きを地域振興の文脈で捉え始めた合図と読める。単なる愛好家の集まりから、州が名前を出せるイベントへと格が上がったということだ。
州内各地から選手が集まった事実も、現場の手応えを裏づける。タワウやクダットのような遠隔の町からわざわざ出てくるのは、地元に練習相手や定期的な場があるからにほかならない。1つの大会は、その地域に日常のプレー環境が育っている氷山の一角でしかない。当メディアが取材してきたフィリピンやサラワクの草の根事例でも、単発イベントの裏には必ず日常のコミュニティコートがあった。今回のサバ州も同じ構図だろう。ベテラン枠が独立している点も注目だ。40歳以上のカテゴリーは今年新設されたばかりで、その世代の女性の参加をこれから後押しし、定着につなげられるかが問われる局面にある。
日本の女性・地方普及に効く視点
この事例を日本に引きつけると、示唆は2つある。1つは、女性カテゴリーを競技レベルで分ける設計だ。日本の体験会は初心者向けの単発が多く、「もう一歩踏み込みたい人」の受け皿が薄い。サバ州のように初級・中級・ベテランを分けた女子大会があれば、体験で終わらせず継続へつなげられる。実際、当メディアが伝えた宇都宮のAPP予選では福永ひなの選手が銀メダルを掴み、日本の女子競技層にも厚みが出始めている。裾野の底上げと競技の受け皿は両輪だ。
もう1つは地方発でよいという発想だ。日本でも八王子の体験フェスのように、大都市の中心でなくても24面規模の場を組める例が出てきた。サバ州が示すのは、州都以外の町からも人が来る環境をつくれば、拠点は分散したまま総数が伸びるということ。1カ所に大施設を建てるより、各地に小さなコートと年1回の大会を置くほうが、地方では現実的で長持ちする。
業界への波及
草の根の面的な広がりは、用具・施設・大会運営の各所に商機を生む。会員制に頼らない運営が主流になれば、可搬式ネットやライン、屋外用パドルといった「持ち込み型」の需要が伸びる。行政が地域振興として関わり始めれば、公共体育館の時間貸しや自治体主催の入門講座も増える。日本の用具メーカーや施設事業者にとって、東南アジアの地方はテニス市場のように成熟する前の、入口段階の市場だ。低価格帯の道具と、初心者を試合まで運ぶ運営ノウハウを持つ側が、この段階では優位に立つ。
これから参加したい人へ
地方や女性のプレーヤーがこうした大会に加わりたいとき、押さえておきたい点を挙げる。第一に、レベル別カテゴリーの有無を確認すること。初級枠があれば、経験が浅くても同格の相手と当たれる。第二に、ダブルスのペアを先に決めておくこと。地方大会はダブルス中心で、ペア連携がそのまま成績に響く。第三に、遠方開催でも臆さないこと。サバ州の例が示すように、遠くから来る参加者は珍しくない。移動を前提に、宿泊や交通を含めて予定を組めば選択肢は一気に広がる。まずは地元のコミュニティコートで定期的に打つ相手を見つけ、その延長線上に大会を置くのが、続けるうえでの近道だ。
まとめ
サバ州の女子選手権は、160人・80チーム・前年比6割増という数字で、東南アジアの草の根が地方と女性から広がっている実像を見せた。絶対数では都市に及ばなくても、伸び率と定着の設計では地方が先を行くことがある。日本の女性・地方普及も、体験の単発で終わらせず、レベル別の受け皿と分散した拠点をどう用意するかが問われている。ボルネオ島の一大会は、その具体的なひな型を差し出している。

