8月20〜23日に中国・深セン(深圳)で開かれたPPAツアーアジア「スケッチャーズ深センオープン」で、15歳の島袋タマ(Tama Shimabukuro)がミックスダブルスを制した。オーストラリアのサラ・デネヒーと組み、決勝を11-6、11-1で押し切っての金だ。ホノルル育ちでパドルを握ってまだ2年、姓は沖縄に多い「島袋」。日本のプレーヤーや保護者にとって、10代がどこまで届くのかを測る物差しとして見ておきたい一戦になった。
デネヒーと組んだミックス決勝を11-6・11-1で締めた
深センオープンは賞金7万ドル・獲得ポイント500の500クラスで、会場は深セン・宝安体育中心体育館。ミックスダブルス決勝で島袋・デネヒー組が当たったのは、ベトナム勢のフィン(Huynh)とチュオン(Truong)の組み合わせだった。第1ゲーム11-6、第2ゲーム11-1と、2ゲーム目はほぼ一方的に振り切っている。組んだデネヒーはこの日が23歳の誕生日で、8つ年下のパートナーと組んでの優勝という珍しい絵になった。
PPAツアーアジアはベトナム・中国・韓国勢の層が厚く、ミックスの表彰台に15歳が最上段で立つのは軽い出来事ではない。年齢とキャリアの短さを踏まえると、この金1つの重みは順位以上に大きい。
パドル歴2年、5月アトランタで世界2位スタクスルドを倒した
島袋はハワイ・ホノルルの出身で、もともとはスケートボードとサーフィンの少年だった。ピックルボールを始めたのはわずか2年前。それでいて2026年5月のアトランタ大会(Veolia Atlanta)では、第22シードから男子シングルス決勝まで駆け上がった。途中で第2シードのフェデリコ・スタクスルドを6-11、11-8、11-9で沈め、第11シードのクリフ、第3シードのハンター・ジョンソン、第13シードのマルティネス・ビッチも連破。決勝で第1シードのハワースに敗れて準優勝だったが、シード上位を軒並み食った内容だった。この実績が評価され、春のメジャーリーグ・ピックルボール(MLP)のドラフトでは全体9位でユタ・ブラックダイヤモンズに指名されている。
| 大会・種目 | 島袋の結果 | スコア |
|---|---|---|
| 深センOP ミックスD 決勝 | デネヒー組で優勝 | 11-6, 11-1 |
| アトランタ 男子S 準決勝 | ハンター・ジョンソン(第3)に勝利 | — |
| アトランタ 男子S(4/30) | スタクスルド(第2)に勝利 | 6-11, 11-8, 11-9 |
大会情報はPPAツアーアジア、試合結果はPickleball News AsiaとPickleballSpotの報道に基づく。
三冠にあと一歩、シングルスとダブルスに残ったアジアの壁
今回の島袋は3種目すべてで上位を狙ったが、金はミックスの1つにとどまった。深センの男子シングルスはグレイソン・ゴールディンが、女子シングルスはチャオ・イー・ワン(汪超逸)が制し、男子ダブルスはコリン・ジョンズ組が頂点に立っている。中国とベトナムの主力、そして北米のトップが同じ会場に集まる中で、15歳が三冠一歩手前まで詰めたという事実こそが、この週末の輪郭を作った。取りこぼしを悔しがれる立ち位置に、もういるということだ。
ホノルル育ちの島袋を、日本の10代はどう追いかけるか
ここで日本のプレーヤーが冷静に見ておきたいのは、島袋が「日本代表の育成」から出てきた選手ではない点だ。彼を押し上げたのはハワイの練習環境と、10代のうちから北米のトップ大会に放り込まれる場数である。東京で2つの金を積んだ同じ島袋の戦いを見ても、伸びの速さは強い相手と数を打つ環境と切り離せない。翻って日本は、ジュニア代表をまだ公募で選んでいる段階にある。才能を選び抜く網と、選んだ後に国際舞台へ送り込む頻度の両方が、今の差を生んでいる。
速さは島袋だけの話でもない。パドル歴7カ月でアジアジュニア8強に届いた例もあり、他競技で運動神経を作った子が短期間で上位へ食い込む流れはアジア全体で起きている。スケートとサーフィンで培った体の使い方をコートに持ち込んだ島袋は、その典型だ。日本の10代が同じ角度で伸びる余地は十分にある。
島袋を追う日本のプレーヤーが今できること
- PPAツアーアジアの日本開催や近隣ストップに、勝ち負けを度外視して早い段階でエントリーし、格上と打つ回数を作る
- ミックスは自分より格上のパートナーと組み、決勝の緊張感を10代のうちに経験しておく
- スケートやサーフィン、球技など他競技のバランス感覚を捨てず、コート上の重心移動に転用する
- DUPRなど客観指標で今の位置を数値化し、半年単位で伸び幅を確認する
島袋は今後、日本の三三東京オープンや10月のブリスベン大会にも名を連ねる。深センの金1つで立ち止まる選手ではない。日本の同世代は「同い年が世界のどこにいるか」を具体的な基準として持てるようになった。次に彼が日本で打つ日に会場へ足を運ぶだけでも、目標の解像度は一段上がる。

