7月9日から12日にかけてホーチミンで開かれた大陸選手権「AOPC 2026 – Fitgon Cup」で、ベトナムのホアン・ナム・リーが男子シングルスとミックスダブルスを制し、地元開催で2冠を手にした。世界の主要タイトルを欧米勢が握ってきたこの競技で、アジアの開催地がアジアの選手を頂点に押し上げた一戦になった。日本のピックルボール界にとっても他人事ではない。隣国が短期間で自前の王者を育て始めた事実は、8月末にダナンで控える世界大会の前哨戦として読む価値がある。
ホーチミンで起きたこと
大会を主催したのはアジア・ピックルボール連盟。男子シングルス決勝でリーは同じベトナムのフック・フインと対戦し、第1セットを5-11で落としながら、第2セットを11-0、第3セットを11-5で奪い返して逆転勝ちした。相手に1点も与えなかった中盤の立て直しが、地元の観客を沸かせた勝負どころだった。
リーはミックスダブルスでもオランダのローズ・ファン・レークと組んで金メダルを獲得している。一方で男子ダブルス決勝ではクアン・ズオンとハルシュ・メータの組に4-11、6-11で敗れており、3冠には一歩届かなかった。地元のエースが全種目を独占したわけではない点は、この大会の競争密度を物語っている。
見落としてはならないのは、男子シングルス決勝がベトナム勢同士の対戦だったことだ。頂点を争う2人が同じ国から出た事実は、リー一人が突出しているのではなく、その背後に競い合う層が育っていることを示す。1人の天才より、決勝を国内で完結できる厚みのほうが、競技の成熟度を測る材料になる。
ベトナムが「自前の王者」を持った意味
リーの2冠が象徴的なのは、ベトナム選手として初めて大陸ランキングの首位に立った点にある。世界共通のレーティングであるDUPRのアジア順位で6,267ポイントを積み、地域の頂点に名前を刻んだ。ハノイの1勝がロサンゼルスの1勝と同じ物差しで評価される仕組みは、ベトナム国内の登録者数が2025年に184%増えた勢いと連動している。DUPRがベトナムに世界標準を敷いた流れを追うと、今回の戴冠が単発の快挙ではなく、制度と競技人口の積み上げの上に立っていることが見えてくる。
もう一つの主役、ファン・レークの3冠も見逃せない。彼女は女子シングルス、ビビアン・グロズマンと組んだ女子ダブルス、そしてリーと組んだミックスを制した。ベトナムの地でオランダの選手が3冠を持ち帰る構図は、この大会が国境を越えた実力の交差点になっていることを示す。地元の王者と外来の強豪が同じ表彰台を分け合う——それがアジアの選手権の現在地だ。
数字で見る2年間の伸び
この大会の重みは、参加規模の変化に表れている。同じホーチミンで開かれた2024年版との比較は次の通り。
| 項目 | 2024年 | 2026年 |
|---|---|---|
| 参加選手 | 400人超 | 1,000人超 |
| 参加国 | 20カ国超 | 世界各地から |
2年で選手数がおよそ倍以上になった計算だ。競技が根づく速度を測る指標として、賞金額や有名選手の数より、無名の出場者がどれだけ増えたかのほうが実態に近い。1,000人という数字は、トップ選手の遠征だけでなく、その裾野に厚い層があることを裏づけている。
日本の関係者が持ち帰るべき視点
日本から見ると、ベトナムの動きは速度で先を行っている。国内でプロ契約や常設コートの整備が進み始めた日本に対し、ベトナムは世界標準のレーティングを競技人口に広く行き渡らせ、自国のエースを大陸首位まで押し上げた。順序が逆に近い。日本は施設とプロ化から入り、ベトナムは共通の物差しと大会数から入っている。どちらが正解という話ではないが、選手の実力を国際比較できる土台をどれだけ早く敷けるかが、代表の底上げを左右する。
育成の設計図という点でも、ベトナムは初心者を9カ月で全国決勝に押し上げるリーグを回している。短期間で選手を上のステージへ運ぶ仕組みが、リーのような王者を生む母体になっている。日本のジュニア・アマ育成が参照できる実例は、欧米より隣国のほうが条件が近いかもしれない。
ダナン世界大会への前哨戦として
今回の結果は、8月30日から9月6日にダナンで開かれる世界大会の伏線でもある。アジア初開催となるこの大会には80カ国超・約4,000人の参加が見込まれ、団体戦を通じてインド、ベトナム、日本の相対的な立ち位置が初めて数字で測られる。男子ダブルスでリーの組を破ったハルシュ・メータは、その大会でインドのプロ部門の主将を務める。インドが主将ハルシュで金を狙う構図は、AOPCの決勝がそのままダナンの前哨戦だったことを示している。ホーチミンで交わった顔ぶれが、ひと月半後に国を背負って再び対峙する。
まとめ
AOPC 2026は、アジアの開催地でアジアの選手が主役になった大会として記録される。ベトナムが制度・競技人口・エースの三点をそろえて頂点に届いた事実は、日本が代表強化を考えるうえで具体的な比較対象になる。まずはダナンの団体戦で、日本がどの位置にいるのかを冷静に見極めたい。隣国の一戦を「遠い国の話」で終わらせず、育成と国際指標の設計に引き写せるかが、この夏の宿題になる。

